コピーライターの裏ポケット

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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2012年03月18日

細川美和子 2012年3月18日

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なぜか会う。

              細川美和子

なぜか、
おもいもかけないところで
何度も会ってしまう人がいる。

一度目は、観光で行ったニューヨークの美術館の、大きな絵の前で。
二度目は、友達の家の近くのスーパーで、魚の産地を吟味している時に。
三度目は、これまた観光で行った益子の陶器市で、一輪ざしを買っている時に。

一度目も二度目も
あれ、なにしてるの?こんなところで、
と声をかけあって。

三度目はというと、
なんだか無視してしまった。

むこうもなんとなく気づいていたけど、無視したように感じた。

それはきっと、
声をかけあったあとに
それほど話すこともないことに
お互いが気づいてしまったからだ。

こんなにも人があふれていて
こんなにも行き先もあふれているこの世界で
偶然に会うなんて
なかなかの運命だと思うのだけど。

話が続かないんじゃ、
こればっかりはしょうがないよね。

こういうの、運命のいたずらっていうのかな。
ちがうか。


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2012年02月19日

細川美和子 2012年2月19日放送

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パワースポット
            
             細川美和子

その人と会った後は、
わたしはいつも運気がさがる。

しばらくは仕事がうまくいかないし、
物はなくすし、忘れるし、
電車のドアはことごとく目の前でしまるし、
なにもないところで転ぶし、
割り箸は変なふうに割れるし、
お風呂やトイレの電球が切れたり、
洗濯機や冷蔵庫がこわれたりする。

でもわたしは、その人に会うことをやめられない。

むしろせっせと
「今度いつ会えますか」
なんてメールを打ったりする。

そう、その人は、わたしの好きな人なのだ。

彼といるときわたしは
100パーセントしあわせだから、
それでいいのだ。

もしかしたらわたしは彼と会っているときに
一日分の幸運を使いはたしているのかもしれない。
そして翌々日の分まで借金したりしているのかもしれない。

のろけでは、ありません。


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2012年01月22日

細川美和子 2012年1月22日放送

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夜明け前

            細川美和子

その爆弾が爆発しないように
必死で解体処理をしていた人たちが突然、
いっせいにその爆弾におおいかぶさった。

爆発するんだ。
そう察したわたしは全速力で逃げた。
島のはしへはしへと猛スピードで走った。

一瞬の決意で身をていして
爆発の被害を少しでも
おさえようとしている人たちがいるのに、
わたしは自分が助かるために
少しでも爆風から逃げようと必死だった。

島の小さな路地や小道を
全速力で走りぬけながら、
大きな音と爆風と炎が背後から
せまってくるのを感じる。
走って走って走って。
やっと海岸に出て。
大きな岩のかげで爆発をやりすごす。

ためらいもなく命を投げ出した人たち。
ためらいもなく逃げ出したわたし。

あの人たちの体をつきぬけた、爆発の痛みを感じる。
どうしてこんなことになったんだろうと
呆然としながらうずくまる。

やがて爆風がおさまり、あたりをみわたすと
パラパラと逃げることができた人たちが
湾岸に集まってきている。

みんな、突然のことにほうけた顔をしている。
みんな、知らない人たちだ。

それでも、生き延びた人たちをみて、
わたしはうれしかった。
ほっとして、そして、こんなときでも、
ほっとできてしまうことがふしぎだった。
風がやんで、空気がやさしいのがふしぎだった。
島影が黒い。
もうすぐ、夜が明けようとしている。



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2011年12月18日

細川美和子 2011年12月18日放送

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双子の時間

               細川美和子

ある村に双子が生まれました。
双子がうまれるのは
その村では不吉とされていたので
ひとりは村にとどまり、
ひとりは村にきた船乗りにたくして
遠くにやることになりました。

ひとりは、
生涯を同じ村で暮らし、
何十年もその場所で
四季の移り変わりを見届けました。
枯れ葉をふむ音で
その年の寒さがどれほど
厳しいものになるか、
山の奥の湖にやってくる渡り鳥の数で、
次の桜の咲く時期がいつごろになるか、
村のだれがだれを恋慕っているのか、
あるいは恋慕っていたのか、
彼はなんでも知っていました。

もうひとりは、
生涯を海を旅して暮らし、
同じ場所に決してとどまることなく、
世界中の町で人々の暮らしを見てまわりました。
たくさんの言葉をしゃべり、
珍しい物を食べ、
あやしい祭りで酒を飲んで踊り、
その土地その土地の衣装を身につけ、
いろんな肌の色の女と恋をし、
彼はなんでも知っていました。

あるとき、海を旅していたほうのひとりが
船のへさきになつかしい風景を見つけました。

それはかつて自分を
船にのせて世界へとおくりだした村で、
浜辺にはひとりの男がたっていました。

その顔は複雑なしわやしみや
ひげにびっっしりと
おおわれていましたが
生涯をだれと比べることもなく
静かに闘ってきた男の顔をしていました。
そう、なにもかもが
自分そっくりな男の顔でした。

船の男は不思議に満足した気持ちで
その男に手をふりながら
村に帰ることなく、
まだ旅を続けることを決めたのでした。


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2011年11月20日

細川美和子 2011年11月20日放送

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草原のある場所     

               細川美和子
               
小さいころ、よくおなかが痛くなった。
冷や汗がでてくるような痛みだ。
原因はよくわからなかった。
でもだからこそ痛みがいつ終わるかが不安で、
するとその不安でもっと痛くなる。
お腹いたいのスパイラル。
でもそんなときなぜか痛みを
やわらげることができる方法がひとつだけあった。
笑わないでほしいのだけど。
それは、目をつぶって、草原を馬で走っているじぶんを想像すること。
高く広い青空から、やわらかくて澄んだ風が、吹いていて。
自分のことを心から信頼してくれている馬と
いっしょになって走っている。
からだは、村の誰かが長い時間をかけて
作ってくれた民族衣装に温かく包まれている。
いったいいつそんなビジョンがすりこまれたのかわからない。
なにかのスペシャル番組でも見たのだろうか。
でもこどものころお布団の中で、
おなかをかかえて丸くなりながら
痛みにたえるときはいつも、
その草原にいる自分のことを考えていた。
草原を馬と一緒に走り続けているうちに
いつのまにか痛みの波はひいていた。
大人になった今でも、
痛みに耐えるような夜がくるとあの風景がよみがえる。
わたしはだれにでも、そんなときにそんなふうに
帰っていく場所があると思っているけど、
どうなんだろう?


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2011年10月23日

細川美和子 2011年10月23日放送

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いっしょに歩く
                   細川美和子

いつも手ぶらなんだね、といったら
身軽でいたいんだ、とその人はこたえた。

なにかで手がうまっていると
新しいなにかをつかめないしね、とその人はつづけた。

たしかにそうだな。
たしかに、手ぶらでまちを歩くのは気持ちよさそうだ。
どこまでも歩けそうだ。思いがけない出会いが待っていそうだ。

でもそうすると、新しいなにかにどんどん出会うだろうし、
それをつかんでいたらあっというまに手はうまっちゃうけど、
そしたらどうするんだろう?

つぎからつぎへと、捨ててしまうのかな。
そしてまた新しい何かに出会うのかな。
そうやって世界は回っていくから、それでいいのか。

でもやっぱりわたし。

いつもたくさんの荷物をかかえこんで、
かばんをぱんぱんにして、つかれた顔で歩いている、
あの人のことが好きだ。

やっぱりわたし、あの人のとなりで歩きたい。
そして荷物をときどき、もってあげたい。

ということはでも、そのときまでわたしは
手ぶらのほうがいいのか。



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2011年09月18日

細川美和子 2011年9月18日放送

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「啓示」 

                  細川美和子

よく晴れた夏の日に
わたしは初めて神宮球場に行ってみた。

そしてひとりで野球を観ながら
ビールを飲んでみた。

突然なにか啓示かがおりてきて、
いい小説が書けるようになったりしないかな、と思って。

でもビールを3杯飲んで、
ゲーム終了までねばっても、
もちろん何もおりてこなかった。
試合もつまらなかった。

そもそも野球に興味がなかったのが
いけなかったのかもしれない。

そもそもスポーツがあまり好きじゃない。

じぶんでやるのはともかく、
観るのが好きじゃないのだ。

どうしてみんな他人の勝ち負けに
あんなに熱心になれるのだろう。
時間のムダだし、
ずいぶんとおひとよしな人が多いよな、と思う。

そういうとタカシくんは
小説を読むほうがよっぽど
時間のムダだし、おひとよしだという。

他人の恋愛や仕事や
失敗や成功にまつわる心情が
こまごまと綴られていることに、
なんでそんなに興味があるわけ?と。

ビジネス書を読んだほうが
よっぽどムダがないし、
自分の人生にためになる、
とタカシくんはいう。

どのビジネス書の
どの一文が
あなたの人生に
どうためになったのよ?
とムキになって聞くと

タカシくんは笑いながら
何かおいしいものでも食べにいこうよ、
と言った。

レストランからの帰り道、
今度神宮球場に行くときは
ふたりで行こう、
と約束してくれた。

野球のルールも、
教えてくれるらしい。


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2011年08月21日

細川美和子 2011年8月21日放送

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「バビロン」       
    
               細川美和子

夜中に酔っぱらいながら
巨大なビルが並ぶ通りを
歩いていたら
いったい人類は
今までどれぐらい
失恋してきたんだろう、と思った。
こんなばかでかくて異様なもの
自然の中から
むりやり切り出して
ぶったてちゃうなんて、
いったいどれぐらいの
エネルギーがいるって
いうんだろう。
なにか大切なものを
失ったあとの
やけくそなパワーじゃないと
作れない。
そう、そのとき
わたしは失恋して
酔っぱらって
やけくそに歩いていたのだ。
ふだんは電車でもすぐ座るし
すぐタクシーにのっちゃうのに
そのときは
どこまでもどこまでも歩けた。
どこまでも歩きながら
かわいそうな人類のことを
思って泣いた。


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2011年07月24日

細川美和子 11年7月24日放送

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お師匠さん

          細川美和子

わたしの料理のお師匠さんは、
お母さんでもなく、お姉ちゃんでもなく、
ましてやお父さんでもなく、
仲良しのようこちゃんだった。

同じ団地に住んでいたようこちゃんとは、
どうして仲良くなったのかは思い出せないのだけど、
気がつくと屋上でこっそり捨て猫を飼ったり、
着せ替え人形の洋服を作って自慢しあったり、
おにぎりをもって川沿いを海まで
自転車で走ったりする仲になっていた。

ふたりともお母さんがパートに出ていたので、
お母さんが帰ってくるまでいつも一緒にいた。

おなかがへってしまった時は、
お母さんにはナイショだよ、と言って、
ときどきようこちゃんが料理をしてくれた。

じぶんと同い年の女の子が包丁を使いこなしたり、
フライパンを火にかけるのを見るのは衝撃的だった。

うちのお母さんに言われてもちっとも手伝わなかったのに、
わたしもやりたい!と大興奮した。

そんなわたしにようこちゃんが
はじめて教えてくれたレシピがこれ。

1、岩下の新生姜のふくろをあける。
2、新生姜をみじんぎりにする。
3、それとふくろの中のつけ汁を、ごはんとまぜる。それだけ。

うすいピンクの生姜と
白いほかほかのごはんの組み合わせは
とてもきれいでおいしくて、
わたしは何度もそれを作るようになった。

そのあとも、いろんな料理を教えてもらったけど
今でも一番作るのはそのレシピ。

疲れて帰った夜なんかに、
ようこちゃんをぼんやり思い出しながらつくる。

やっぱりおいしい。

どうしてるかなあ、ようこちゃん。






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2011年06月19日

細川美和子 2011年6月19日放送

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はじまりはいつも                     

細川美和子

はじまりは、1通のメールだった。
なぜだろう、開く前からドキドキしていた。

はじまりは、1本の電話だった。
聞き取れなくて、何度も聞き返した。

はじまりは、1杯のビールだった。
酔わなければ、あんなことは言わなかった。

はじまりは、1冊の本だった。
引用したことばに、感激されたのが恥ずかしかった。

はじまりは、1匹のネコだった。
そもそも私は犬派だったのに。

はじまりは、1軒の空き家だった。
雨の日の読書には、ぴったりそうな家だった。

はじまりは、1着のワンピースだった。
あれから私は、水色の服ばかり着ている。

はじまりは1粒のチョコレートだった。
包装紙がキレイだよと、あなたに教えてあげた。

はじまりは、1編の詩だった。
忘れていたことを、とつぜん思い出した。

そうやっていつもどこかで、だれかになにかがはじまっている。

今日は何曜日だったけ?


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