コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2010年07月23日

細川美和子 10年7月18日放送

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スキキライ

            細川美和子

こどものころ、キライなものって、かまずに飲みこまなかった?
にんじんとかピーマンとか高野豆腐とか。
苦手なものほど、最初に大口あけて、えいやって、たべちゃう。
いきおいでごまかして、お皿からなくしちゃうの。
そしてほっとするの。あれに近い感覚なのかなあ。
小学校のころ、トイレの花子さんってはやったでしょ?
あれ、わたし、ほんとにこわくて。
学校のトイレに行けない時期が続いたの。
それである日、決めたんだ。
花子さんのことも、のみこんじゃおうって。
つまり、とおざけるのはやめて、仲良くなっちゃおうって。
みんなに嫌われて、きっとさびしいはずだから
仲良くなるのはそう難しくないはずって思ったわ。
それからはトイレにいくたび、見えない花子さんに話しかけた。
そしたら、こわくなくなった。
ちゃんとひとりでトイレに行けるようになった。
花子さんをわたしの中にとりこんで、
わたしはわたしの世界に、平和をとりもどしたの。
それ以来、嫌いなものや嫌いな人ができるたびに
むしろ仲良くするようになったわ。
いやだいやだと思っていると
世界がどんどんいやになるから、
えいやって近づいて、むしろ自分の中にとりいれちゃうの。
かまずにごくんと、飲み込んじゃうのよ。
そうするともう、こわくないの。
わたしのそとの世界には、もうイヤなものはなくなるの。
それってけっこう、いいやり方だと思わない?

彼女は、そんなことを話すのだった。
ぼくのことをやさしく、抱きしめながら。




タグ:細川美和子
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2010年06月20日

細川美和子 10年6月20日放送

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へんなお母さん

                          細川美和子

わたしのお父さんはろくでもない人で
アル中だし、浮気はするし、借金はするし、
ホラばっかりふくし、おまけに足もくさい。
でもなぜかお母さんはそんなお父さんに心底ほれていて、
子供心にそれが一番はがゆかった。
へんなお母さん。
わたしだったら、お父さんとなんて結婚しない。
自分のことだけ見ていてくれる人と結婚する。
大切にしてくれて、誠実で、もっとかっこいい人。
お父さんとなんて、さっさと別れちゃえばいいのに。
さすがにわたしが大人になったころには
お母さんも愛想がつきたようで、会えばお父さんの愚痴。
「お父さんったらほんとに」、が口癖になっていた。
でも離婚という言葉は一度も、口にしなかったと思う。
結局、アル中の末に入院した病院で
お父さんはわたしの正式なお父さんのまま、
最後をむかえることになった。
何度も何度も危篤状態に陥っては、こっちにもどってきて、
その生命力にお医者さんも驚いていたお父さん。
あまりのしぶとさに、最後に息をふきかしたときは、
お母さんとふたりで思わず笑ってしまった。
お母さんは笑いすぎて、目に涙を浮かべながらこういった。
「お父さんったら、ほんとに。」
そうやってお母さんと大笑いしたあと、
なぜだか不思議に、わたしはお父さんを許せる気持ちになっていた。
「お父さんったら、ほんとに。」
その数日後に危篤に陥ったとき、お父さんはもう、もどってこなかった。
最後にありがとう、お父さん。



出演:柴草玲 http://shibakusa.exblog.jp/
タグ:細皮美和子
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2010年05月16日

細川美和子 10年5月16日放送

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             細川美和子
「この国に来てから
なんだか背が伸びつづけている気がする」
シンガポールに赴任してしばらくしたころ
妻がそうつぶやいた。
タイガービールを飲みながら僕は答えた。
「そうかもしれない」と。
この国の緑は成長が速い。
植えるとすごい勢いで育つのだ。
町中のいたるところに大きな木が生えていて、
枝をぐねぐねと伸ばし、ガラス張りのビルとせりあっている。
そう、植物だけじゃない。
建物だってぐんぐんと成長を続けているのだ。
地震のないこの国では、日本では考えられないような
奇抜なバランスの高層ビルが、今日も空にむかって
背を伸ばし続けている。
だから妻の身長がつられて伸びてしまうのも
不思議じゃないように思えた。
だから僕は答えたのだ。
「そうかもしれない」と。
その言葉を聞いて妻は僕の顔を
びっくりしたように見つめた。
それも、かなり長い間。
おや、またなにか失敗したかな、
と身構えたが妻はそれ以上なにも言わなかった。
それから数ヶ月後に妻が出て行ったことと
その日の会話に関係があるかどうかはわからない。
なにしろ何が原因で出て行ったかわからないのだ。
でもぼくはいまでも妻の姿をしょっちゅう
目にすることができる。
ビルの間に、緑の向こうに、
ガラスの反射に、どんなに遠くからでも、
ずいぶんと大きくなった彼女を見つけることができる。
ぼくはなにひとつ成長しないまま、
まだこの場所にいるのだけれど。



出演:柴草玲 http://shibakusa.exblog.jp/
タグ:細川美和子
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2010年04月18日

細川美和子 10年4月18日放送

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    「春眠」

                 細川美和子

象になった夢をみました

象の足裏はやわらかく
土を踏むとしっとりと気持ちよく

森の暖かく湿った空気をかきわけて
ゆったりと幸せな気分になりました

鳥になった夢をみました

風にのって飛びたてば
さっきまでいた島が
ぐんぐんと小さく緑の点になり、
あとは空の青、海の青

高い空の冷たい空気をすいこむと
きーんと誇り高い気分になりました

蛇になった夢をみました

ひんやりとした
自分の鱗が心地よく
とぐろをまいてはその感触を味わい

土の中の暗く黴びた空気につつまれて
うっとりと満ち足りた気分になりました

豚になった夢をみました

やわらかい鼻でたしかめる
世界のすべてはやわらかく
からだの重さえみもやわらかく

ピンク色のなかまたちと体をよせあうと
すべすべとした気分になりました

魚になった夢をみました

さからってもしたがっても
水はやわらかく体をなでていき
つねに水は流れ流れ

でもなぜか時はとまったようで、
しんしんと静かな気分になりました

1本の木になった夢を見ました

暖かい土に根っこをつつまれて
暖かい日差しに葉っぱをつつまれて
世界と自分のさかいがあいまいになるたびに

風がゆらす葉っぱの音にひきもどされて
どこかなつかしい気分になりました

人間になった夢は

いま見ているところです

そして夢は

神さまが遊ぶ場所



Voice:柴草玲

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2010年03月14日

細川美和子 10年3月14日

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告白
           細川美和子


うそばかりいうので、その人を好きになりました。

ほんとうのことを言う人なんて信用ならないと
つねづね思っていたからです。

うそをいう人はやさしい人です。
うそをいう人はかしこい人です。
うそをいう人は強い人です。

大きなうそも小さなうそも
その人はほんとうにさりげなく口にするので、
なんて才能があるんだと、
わたしはうっとりと見つめたものです。
だれにでもできることではないのです。

その人がうそを言ってくれるのがうれしくて、
なんども相槌をうったり、
ときどき反論を入れてみたり、
ああ、と目を見開いてみたり、
わたしはずいぶんと聞き上手になったものです。

でも、上手になりすぎたのかもしれません。

あるとき、そのひとのことばのなかに
だんだん「ほんとう」がまじるようになってしまったのです。

ほんとうのことなんて
そこらじゅうにあふれている、
ひどく凡庸なことなのに。

わたしはそのひとのうそが、大好きだったのに。

だんだんわたしが笑わなくなり
相槌がすくなくなり
反論もしなくなったので、
今度はそのひとはうそもほんとも、
どちらもいわなくなりました。

ただ沈黙の時間がつづくようになったのです。

それが10年前のことです。

今日ばったりその人に会いました。
わたしに気づかないふりをして、
ケータイをとりだし、画面に目をやりながら
足早に横を通りすぎました。

ずいぶんとうそが下手になっているようで、
わたしはぎゅっと目をつぶりました。



Voice:柴草玲 http://shibakusa.exblog.jp/

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2010年02月28日

細川美和子 10年2月28日

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花粉症

                     細川美和子

「わたしを花粉症にしてください。」

その患者は、思いつめた様子で
わたしにそう依頼してきた。

わたしは全国から患者が集まる、
花粉症研究の権威である。

そのわたしに
「一生治らない、花粉症にしてください」と、
その患者は言うのだった。

「またどうして?」

わたしはまあ、
まっとうな質問をしてみる。

「失礼なお願いなのはわかっています。
花粉症に苦しんでる人にも・・・
花粉症の治療に奔走されている先生にも・・・
でも春になると・・・匂いがつらいんです」

「匂い?なんの匂いですか?」

「それが・・・わからないんです。
なんの匂いか、特定できないんです。
ただ、
街を歩いているとき、
角をまがったとき、
風がふいたとき、
窓をあけたとき、
ふとした瞬間にその匂いがすることがあって。
そうするともう、だめなんです」

「どうなるんですか」

「・・・思い出してしまうんです。
わたしがここ何年もあらゆる努力をして
あらゆる注意を払って
忘れようとしていることを。
うまく忘れたと思っていても、
匂いをかぐともうだめなんです。
ふりだしにもどってしまう。
ぜんぶ思い出してしまう」

「つまり、あなたには・・・」

「どうしても、忘れたいことがあるんです」

「なるほど」

「ただひとつわかっているのは、
その匂いがしてくるのが、
かならず春だということです。
だから花粉症になれば・・・
この時期さえ鼻がきかなくなれば・・・
もうその匂いにとつぜん襲われることもないと思って」

そういうことなら、
とわたしはその依頼をひきうけた。


わたしが医療を志した目的は
花粉症の根絶ではない。

苦しんでいる人を救うことなのだから。

治療をおえると、
ぐずぐずする鼻をこすりながら、
その患者はやっと笑顔になった。

「ああ、もうなんの匂いもしない」

うれしそうにそういって、ドアを閉めた。

部屋にはしばらく
その患者が残した香水の匂いが
ただよっていた。

ジャスミン?

わたしには香水のことは
よくわからない。

ただそれ以来、
誰かがつけている
その香水の匂いをかぐと、
わたしの鼻はなんだか
むずむずするようになってしまった。



Voice:柴草玲 http://shibakusa.exblog.jp/

タグ:細川美和子
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