コピーライターの裏ポケット

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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2013年03月03日

蛭田瑞穂 2013年3月3日放送

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不思議な感覚
           
         蛭田瑞穂

不思議な感覚。

雨が降り始めたときの、アスファルトの匂い。

不思議な感覚。

止まっているエスカレーターを、歩いて降りるとき。

不思議な感覚。

渡る人がいないのに点灯し続ける、深夜の信号。

不思議な感覚。

小学校を休んだ日の、午前11時くらいの感じ。

不思議な感覚。

ときどき見る、高いところから落ちる夢。

不思議な感覚。

日曜日の夕方の、サザエさんが終わったあと。

不思議な感覚。

外を歩いていて、突然頬をかすめる、生暖かい風。

不思議な感覚。

熱が出たときに見る、何か大きなものが迫ってくる夢。

不思議な感覚。

卒業式が終わったあとの、最後の教室の雰囲気。

不思議な感覚。

高いと思っていた体育館の天井が、いつの間にかそう感じなくなったとき。

不思議な感覚。

いつも制服のコンビニ店員の、私服姿を見たとき。

不思議な感覚。

巨大な建造物が、ちょっと怖いこと。

不思議な感覚。

遊園地で遊んだ日の夜、布団に入ってもまだ乗り物に乗っている感じ。

不思議な感覚。

小さいころ、誰かの家に泊まって、次の朝起きたときの感じ。

不思議な感覚。

服を買いに行くとき、その店で買った服を着ているのがちょっと恥ずかしいこと。

不思議な感覚。

ふと見た時計の、一秒がとても長く感じること。

不思議な感覚。

ビルとビルの間に見えた、大きな月。

不思議な感覚

行ったこともない田舎の風景を、懐かしいと感じること。

不思議な感覚。

宇宙が生まれる前、そこに何があったのか、考えたとき。

不思議な感覚。

雨の降る仕組みとか、食物連鎖とかが、奇跡的にうまくできていること。

不思議な感覚。

こどものころ、大人はみんなちゃんとしていると思っていたこと。

不思議な感覚。

なんて不思議な、不思議な感覚。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:蛭田瑞穂
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2010年02月07日

蛭田瑞穂 10年2月7日

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左ポケット
                   蛭田瑞穂


バスを降りて、会社に向かう途中の道、
ズボンの左ポケットに手を突っ込むと、
ポケットの中にそれがなかった。

ん?
もう一度確かめてみたが、やはりなかった。
僕はジャケットとコートのすべてのポケットを
探してみたが、それはどこにもなかった。

どこかに落としたのだろうか。
バスの中?
たとえば携帯電話をポケットから出した時に、
一緒に落ちてしまったとか。
あるいは座席から腰を上げた時に、
するりとポケットの中から落ちてしまったとか。

僕はすぐにバス会社に電話をかけた。
バスの中に落とし物をした旨を伝えると、
電話は遺失物係に転送された。
「あの、16系統のバスの中に落し物をしたみたいなんですけど」
「何を落としましたか?」
「『希望』です」
「あー希望ですか」
男は抑揚なくそう言うと、遺失物の形状や大きさ、連絡先などを聞き、
最後に慰めるようにこう言った。
「最近、無くす人多いんだよね。
 で、また、拾った人も届けない。なにしろ今はこういう時代だからね」

次に僕は妻に電話をかけた。
「どうしよう。『希望』を落としたみたいなんだ」
「何やってんのよ」
妻の呆れ返る顔が電話の向こうに見えるようだ。
「ちゃんと探したの?」
「うん。でもどのポケットにも入ってないんだ」
「そんなものをポケットに入れておくから落とすのよ」
「念のために聞くけど、家に忘れてないかな?リビングのテーブルの上とか」
「ないわよ。だいたいあなたの希望なんて、最近全然見てないわ」

会社に着いてから、一応警察にも電話をしてみた。
もちろん、まだ拾った人は現れていなかった。

その日僕は一日中、自分の落とした物のことを考えていた。
バス会社の言うようにもう出てくることはないかもしれない。
「希望」が路上に落ちていたら、僕だってそれを一度は拾うだろう。
そして、周囲を見回して、誰も見ていなかったら
それをさっと懐に入れるかもしれない。
そう、なにしろこんな時代だ。
でも、一方ではこうも思うのだった。
見ず知らずの人の「希望」なんか拾ったところで
いったいどうするのか。
「希望」が稀少なものだとしても、他人のそれを何に使うのかと。

失望する僕を見て、職場の人たちは声をかけてくれた。
「きっと見つかりますよ」とやさしく言ってくれる人もいれば、
「気にすんな、この機会に新しいのと替えちゃえよ」と
励ましてくれる人もいた。
中には「わたしにはもう必要ないから、よければ差し上げますよ」と
いう人もいた。

それでも僕にはやっぱり、僕の「希望」が必要だった。
全然立派じゃないし、他人に自慢できるようなものではないけれど、
僕には大切な「希望」だった。

そして、その日の夜。
帰宅途中の道を歩いていると、携帯電話の着信音が鳴った。
電話に出ると、それはクリーニング店の主人だった。
「あの、お客様が今朝お出しになったスーツですが」
「はい」
「ズボンの左のポケットの中に・・・」

そうだ、今朝僕は昨日着ていたスーツをクリーニング店に出して、
会社に向かったのだった。

よかった。
僕はほっと胸をなでおろして、
それから足早にクリーニング店に向かった。




タグ:蛭田瑞穂
posted by 裏ポケット at 13:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 蛭田瑞穂 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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