こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです
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コピーライターの裏ポケット
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2014年11月23日
中山佐知子 2014年11月23日放送
社長の結婚
中山佐知子
社長が結婚するというニュースは
やがて新聞の一面に載る予定だが
実はそれ以前にも数人の人だけが知っていた。
その数人のうち半分くらいの人が
それぞれ身内や親しい人に情報を漏らし、
さらにそれを知らされた人がまた誰かにしゃべった。
やがて、社長の結婚なら社長本人から聞いたよという人が
あらわれはじめた。
どうやら社長本人が秘密を守りきれず
いろんな人にしゃべりはじめたようだった。
こうして、この国の首都の一部では
早くもお祝い気分が盛り上がりはじめた。
飲み屋が満員になったのは
あやかり婚を狙う社員が夜な夜な合コンが企画するせいだった。
社長の結婚パレードを内緒で知らされた人々は
テレビ中継のカメラになんとか映ろうとして
目立つ色のタキシードやオレンジ色のカツラを買いに行った。
築地では昆布が品切れになっていたが、
昆布は結納に使用されることから
水面下の結婚ブームが疑われた。
折しもボーナスの時期だった。
社長と会ったことがない人までも風潮に流され
ボーナスを手にすると買い物に走った。
結婚式のスピーチバイブル、
お部屋で社長の結婚を祝うためのスパークリングワイン。
結婚する社長に聞かせたいクラシックのCD。
社長の血液型に近づくための健康食品。
そうか、結婚は景気回復にひと役かうのかもしれない。
社員たちは今更のようにそれに気づいた。
株価はじわじわと上昇をはじめた。
首相はこの勢いに水をさすことを恐れ、
増税の延期を検討することにした。
社長の結婚のおかげで
来年はいい年になるだろう。
ああ、やれやれ。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:中山佐知子
2013年03月10日
中山佐知子 2013年3月10日放送
停電になった
中山佐知子
停電になった。
最初は誰もが地域だけの小規模停電だと思っていたが
やがて世界規模であることが突き止められていった。
数日たっても電車は動かず、電話もインターネットも繋がらず
テレビも消えたままだった。
電力会社が総力を挙げて発電した電気は
ブラックホールのような何かに吸い込まれてしまうのだ。
発電装置を持つ病院や官公庁では
ロビーに大型テレビを置いた。
小学校高学年の児童はたまに流れるニュース番組を壁新聞の記事にして
学校の塀に貼り出した。
郵便局は郵便物の仕分けのために自衛隊の出動を要請した。
道路の信号は消え
ドライバーは注意深く運転をするようになった。
ある日、首相官邸近くに住む76歳の女性が官邸の警備員に
うちの黒電話にホワイトハウスから電話がかかっていますと告げた。
官邸の蓄電装置が故障して一時的または恒久的に
通信ができなくなっていたのだ。
このニュースによって停電でも黒電話は繋がるという事実を
認識した人は多かったが
黒電話はどこで入手できるかという情報はどこにもなかったし
安否をたずねたい田舎の婆ちゃんが携帯電話を使っていると
やっぱり繋がらないことに変わりはなかった。
3月だったが寒かった。
火鉢や炭が高価で取引されていた。
桜はいつ頃咲くのかをネットで調べるかわりに
人々は桜の木を見上げ、ツボミの様子に注意を払うようになった。
そのツボミが膨らんでもうすぐ花が咲くという頃に
停電は突然終った。
数日後、まともに配達されるようになった新聞の片隅に
小さな記事が載った。
記事は読み始めた人が偏頭痛を訴えるほど
英語と専門用語がちりばめられていたが
要するに地球外知的生命体、つまり知能を持つ宇宙人をさがす
ET@HOMEという団体が
アレシボ天文台のデータを解析した結果
膨大なノイズのなかから
宇宙人が発信したと思われる信号を発見したという記事だった。
朝食のテーブルでその記事を読んだひとりの数学者が
その信号を発見したコンピュータの使用電力を計算してみたら
世界規模の停電の間に失われた電力に相当した。
宇宙人のメッセージを受け取るために
世界中の電力が必要だったのか…
数学者はまた近々停電があるかもしれないと
うんざりした様子で新聞を放り出した。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
2011年07月10日
中山佐知子 2011年7月10日放送
ショウガの宇宙食
中山佐知子
1965年3月、アメリカの宇宙飛行士ジョン・ヤングは
宇宙食のまずさに抗議するために
ターキーサンドイッチをジェミニ3号に内緒で持ち込んだ。
人類が宇宙で食べたはじめてのサンドイッチは
当時としては大事件だったが
これがきっかけになって
離乳食のようなクソまずい宇宙食の見直しがはじまり
人間らしい宇宙食の開発がすすめられたのである。
1970年のアポロ13号の宇宙食は
チキンスープ、スクランブルドエッグ、ツナサラダ
スパゲッティミートソースなど
名前だけ耳にする限りはファミレス並みのメニューになっているが
宇宙での食事メニューが飛躍的に進歩したのは
やはり国際宇宙ステーションからだった。
国際宇宙ステーションには世界各国の宇宙飛行士が滞在するために
食事のバリエーションが必要となり
日本人宇宙飛行士の登場とともに
日本の食品もついに宇宙に進出することになったのだ。
赤飯、たこ焼き、カレーにカップ麺、肉じゃがに梅干し
お好み焼きにヤキトリ、菜の花ピリ辛和え、いなり寿司、
京風あんかけ五目うどん…
日本人宇宙飛行士は実にさまざまな日本食を宇宙に持ち込んだ。
これらは外国人宇宙飛行士にも評判がよく
野口聡一宇宙飛行士が持ち込んだカレーやラーメンは
外国人宇宙飛行士に食われてしまったというエピソードが
残るくらいだ。
さて、この日本宇宙食のリストをつらつら眺めるに
ひとつの隠れた食品の暗躍がうかがえる。
いなり寿司、お好み焼き、たこ焼きに共通する食品、
それはあきらかにショウガだ。
ショウガは2008年のショウガいなり寿司、
2010年の牛肉ショウガ焼きという宇宙食メニューで
その存在が白日のもとにさらされることになった。
日本人なら誰しもショウガという言葉に幻想を描く。
夏ならばスダレをゆらす風、遠慮がちになる風鈴、
そばにはビールがあり、小皿にはショウガがのっている。
宇宙スターションの限られた空間で
一瞬でもそんな夢を見ることができたら
宇宙食はついに食べる喜びという究極の栄誉を
ショウガのおかげで手にすることになる。
ショウガをもっと宇宙へ。
ショウガの岩下食品は
いつでも宇宙に大量のショウガを送り込む用意がある。
そのためにショウガのあたらしいレシピも開発し
常にホームページに載せているほどだ。
日本の伝統食品から宇宙時代の最先端食品へ
ショウガの未来は意外と明るい。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:中山佐知子
2010年05月30日
中山佐知子 10年5月30日放送
アトム
中山佐知子
アトムが地球のために太陽にダイブすることに決まったとき
まず騒ぎだしたのは愛護団体だった。
罪もないロボットに無用の苦痛を与えてはいけないというのがその趣旨で
ロボットに肉体的な苦痛があるのかという意見を受けて
アトムがもし寸前になって恐怖を感じることがあれば、
それは苦痛と解釈するべきだと主張した。
確かにアトムは誰が見ても
人間の子供と同じような感情を持っているように思えた。
愛護団体に動かされたわけではないと思うが、
何人かの政治家が発言しはじめた。
こちらは論点が明快だった。
太陽にダイブするということは
当然アトムがロボットとしての命を投げ出すことだ。
もし、土壇場でアトムの気持ちが変わったら
地球は滅亡してしまうだろうというのが彼らの意見だった。
このような議論をアトムはすべて受け入れた。
人々はアトムの中からアトムを人間らしくしていたすべての機能をとりのぞき
意志も感情も持たない人間型ロボットに作り替えてしまった。
さあ、アトム。出発だよ。
世界中の人々が見守る中でアトムが飛び立つ日がやって来た。
しかしただのロボットになってしまったアトムは、
自分が生まれた地球に対しての愛着ももはやなく、
人間への同胞意識もなく、
まして、地球のために自分が犠牲になるなどという考えもなくしていた。
アトムは、どうして自分が太陽に飛び込んで自爆するなどという行為を
しなければならないのかを理解しないまま
遠くの空へ勝手に飛んで行ってしまった。
出演:柴草玲 http://shibakusa.exblog.jp/
タグ:中山佐知子