こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです
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コピーライターの裏ポケット
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2010年08月02日
坂本和加 10年8月1日放送
図書室のヤギ
ほとんどの小学生にとって
夏休みの読書感想文は気の重い宿題だ。
去年、隣のクラスの斉藤さんが、読書感想文コンクール
小学生の部で優秀賞をもらったので、
担任の国語教師が「今年はうちのクラスだな!」と息巻いている。
なのでますます気が重い。
もう夏休みも、あと2週間ちょっとしかない。
なのに、まだ読む本さえ決まってなかったわたしは、
全校登校日に学校の図書室に寄ることにした。
下敷きをウチワがわりに、蒸し暑い図書室に入ると、
いつものおばさんはいなくて、
貸出カウンターに座っていたのは、ヤギだった。
ヤギは、未返却の図書カードの整理や
本の修理で忙しそうだった。
わたしは挨拶もそこそこにヤギをやり過ごし、
読書感想文向けの推薦図書コーナーにまっすぐ向かった。
けれど、小学4年生向けの本は1冊もなくて、
クーラーのない図書室を早く立ち去りたかったわたしは、
ヤギにおすすめの本を聞くことにした。
しばらくすると、ヤギは、何冊かの本を抱えて戻ってきた。
ヤギのイチオシは、「パウル・クレーの作品集」で、
それは「紙がいい」という理由だった。
文字はあまり書いてないようだったが、
せっかくなので、その作品集と、
なんとなく表紙がよく、文字量もほどよい感じの
「餃子の正嗣のまさしおじさん」を借りることにした。
学校帰り、陽南通りのがんセンターのあたりで、
感想文には不向きな本を借りたかもしれないという
嫌な予感はあった。けれど、夏休みも、
もうお終いという日まで、ほっておいた自分もいけない。
とうとうわたしは、会ったこともない
「餃子の正嗣のまさしおじさん」にまで裏切られてしまった。
なのに「第4章 餃子の女神」のところまで、がんばって読んでしまった。
そもそも餃子で作文2枚はきびしい
ということに、気づくのがなんで今日なのか。
あしたは学校で、もう夜の10時で、おなかまで減ってきた。
わたしは、あのヤギで頭がいっぱいになり、
目の前の原稿用紙に、あの日のことを書くことにした。
図書室のヤギは、ヤギの視点で集めた本をすすめること。
ほんとうは、かくれて、学校の本を食べていること。
けれど、図書室で働くことを誇りに思っていること。
わたしは話を適当にふくらませて、ところどころに感想を交え、
読んだ本のタイトルを「図書室のヤギ」にして宿題を提出した。
たしかその年は、読書感想文コンクールの
受賞者はいなかったと思う。
Voice:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:坂本和加