コピーライターの裏ポケット

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2010年11月07日

迫田哲也 10年11月7日放送

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サヨナラ、の話をします。


             迫田哲也


英語のグッバイは、もともと、ゴッド ビー ウィズ ユー、
ようするに、神のご加護を、という意味で、
中国語のツァイツェンは、また会おう、という意味。
世界の別れの言葉は、だいたいこのふたつ、
神の御加護を、つまり、元気でね的言葉か、あるいは、
また会おう的言葉のどちらかに分けられるそうです。

じゃあ、サヨナラは?
そう。どっちでもない。

サヨナラの「サヨ」、は、時代劇の侍言葉の「さよう」と同じ、
そのような事情、みたいな意味。
「なら」は、「であるならば」。
だから、サヨナラは、そのような事情であるならば。

そのような事情であるならば、
のあとには何が続くんでしょう。
たぶん、別れなくてはなりませんね、かな。
でも、それは口には出さない、心のなかに飲み込む言葉。

ということは、
わたしたちは、サヨナラ、を言うたびに、
「そのような事情であるならば、
わたしたちは、別れなくてはなりません」
と心のなかで言っていることになる。

ほら、さらば、っていう言葉があるでしょう。
ちょっと古めかしい別れの言葉。
この「さらば」も、
「さ・あらば」が縮んだ言葉で、
そんな事情であるならば、ということ。
サヨナラ、とほぼおんなじです。

別れる相手の幸福を願う言葉でも、
再開を約束する言葉でもなくて、
サヨナラは、相手と一緒にいることを断念する・あきらめる言葉。

ほかの言葉は、別れた後の未来へ向かうのに、
サヨナラは、別れを目の前にした心を、整理する言 葉。

さて、今から80年くらい前のこと。
大西洋単独飛行で有名な飛行士のリンドバーグ、
の奥さんで作家だった、アン・モロウ・リンドバーグが
横浜から船出するときに、この「サヨナラ」を耳にした。
そして、サヨナラのもともとの意味を知った彼女は、
こんなことを書きました。

あきらめを別れのあいさつにするなんて、
この国の人たちの言葉はなんて美しいのだろう。

なるほど。

これまでの人生にいくつもあった、わたしたちのサヨナラは、
彼女が書いてくれたように美しい言葉だったかどうか。
胸 に手をあてながら、

サヨナラ。



出演:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 迫田哲也 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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