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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです
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コピーライターの裏ポケット
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2011年03月06日
佐倉康彦 2011年3月6日放送
ラブレター
佐倉康彦
ボクは、君にラブレターを書こうと思ったんだ。
ずっとずっと昔、
河原の土手に、ふたりで座って夕やけを見た時に決めたんだ。
君はボクの横で、ずっとずっと泣いていたけれど、
ボクは、あのとき、君のことをほんとうに愛しているってわかったんだ。
あのころ、ボクと君は、あまりうまくいってなかったんだ。
ボクは、いつも怒ってばかりで、
君のことなんておかまいなしに突っ走ってばかりで、
それでも君は一生懸命ボクについて行こうとしてくれた。
ふたりの距離はどんどん、どんどん広がって
それでも、君は、後ろからずっとずっとついてきてくれたんだよね。
あの土手で、ボクはとても困ったよ。
売れ残りのお豆腐を山のように抱えて頭を抱えた
自転車のおじさんに声を掛けられても、
ラクロスの部活帰りだと思われるお姉さんたちに
聞いたことのない言葉で名前を訊かれても、
ジョギングを止めて心配してくれたとても大きなおばさんに、
ハアハア言いながら住所を訊かれても、
君は本当に、さめざめと泣くばかりだったけれど、
ボクは、みんなに一生懸命説明したのだけれど、
ボクが泣かしたんじゃないと言い訳しているみたいで、
なんだかすこし悲しくなったけれど、
誰も、ボクの言うことはわかってくれなかったけれど、
君だけが、ボクのことを信じているって感じたんだ。
だから、君を守ることができるのは、ボクだけだと思ったんだ。
いつも君とならんで歩いたあの街の、風や匂いや、
街の音に、また会いたいな。
ボクのとなりを歩く君の横顔や、君の髪からするいい匂いや、
息づかいや、ときどきボクの方を見て微笑んだときにできる笑窪や
ボクを撫でる君の掌のあったかさや
急ぎ足のボクに一生懸命に合わせてくれる君の小さな歩幅や、
その靴音や、それに、ときどき、
ちょっと恥ずかしそうにボクの名前を呼ぶ君のやわらかな声や…
すべてが、ほんとうに、きのうのできごとみたいだ。
また、君と、歩きたいよ。
でも、君は、もう、お嫁さんになって、
別のおうちの人になってしまったから、それはかなわないのかな。
今は、君のママが、ボクを看てくれてるんだ。
ちょっとだけ、君と同じ匂いがするんだよ。
それがうれしくて、立ち上がろうとするんだけど
ボク、もう、ムリなんだ。とても残念だよ。
ボクとの散歩も、君がリードをしてくれるようになった頃、
あれをボクが見つけたんだよね。
3丁目の角にある駄菓子屋さんの前の道端で見つけて、
君にあげたガラスのおもちゃの指輪、憶えてる?
君は、ボクの口からそれを、そっと受け取って、指に嵌めてくれたよ。
手紙は書くことができなかったけれど、
あれが、二人で夕やけを見つめたときに決めた、
ボクから君へのラブレターだったんだ。
あ、君、来てくれたんだね。
あ、君の腕の中で眠る、君にそっくりな赤ちゃん、昔の君みたいだ。
あ、赤ちゃんの指に…
あのときのボクのラブレター、まだあったんだね。
うれしいな、ありがとね。
あ、それとね…さよなら。
ボクは今、とても君と、歩きたいんだ。_
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/