コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2014年02月09日

栗田雅俊 2014年2月9日放送

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        栗田雅俊

「ぱ」を発見した男に著作権が与えられたのは24年前のことだった。
ぼくは過去に一度だけ、彼にインタビューをしたことがある。

「それは偶然だったのさ」と彼は言った。

「あの日、私は、くちびるを真一文字に結んでいたのさ。
まるで泣きべそを我慢する子どもみたいにさ。
そのときふと、くちびるに蚊が止まったのさ」
「蚊ですか」
「そう。蚊さ。ぼくは蚊を追い払おうと、
口の中の空気を破裂させるように息を解放したのさ。すると…」
「あの音が出たんですね?」
答えるかわりに穏やかな笑みを浮かべ、彼は言った。
「神のギフトは、予想もできない方向からやってくるのさ」。

あんなもの誰でも思いつくと人々は言った。
世紀の発明というものは、往々にしてシンプルに見える。
だが、シンプルな結果として、彼は世界有数の億万長者になった。

それ以降、「ぱ」をつかうたびに、
世界は、男に対し、莫大な著作権使用料を
支払わなければならなくなったからだ。

あるタレントは「きゃりーみゅみゅ」に改名を余儀なくされた。
昔はなんていったっけ。
気軽にその名前を呼ぶことさえ、いまは叶わない。

かつて「ぱっぱらぱー」という悪口もあった。
今その言葉を発することができるのは、富裕層の人々に限られている。
「ぱっぱらぱー」は、むしろ高貴さを表す単語として
広辞苑にものったという。

いちばん慌てたのはパチンコ業界だった。
なにしろ「ぱ」を看板として掲げるだけで、
目玉が飛び出るような額が飛んでいくのだ。
しかし彼らに「ぱ」を外す選択肢はありえなかった。
理由は言うまでもないだろう。
これをきっかけに業界は衰退の一途をたどった。

悲しいことが、ひとつだけある。
小さな子供が父親を呼ぶときでさえ、
多額の料金が発生するようになってしまったことだ。
だが、たとえそれがどんなに狂ったルールに見えようとも、
価値あるものに対価は支払われるべきだというのがぼくの考えだ。

この放送で使われた「ぱ」の数は12。
ぼくも、かなりの金額を支払わなければならないだろう。
だが価値あるものに対価は支払われるべきなのだ。


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2014年01月26日

上田浩和 2014年1月26日放送

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ティアドロップ

       上田浩和

らっきょうは、ティアドロップ型のサングラスをかけました。
鏡を見ると、我ながらキマッてます。
革の手袋をはめて、ピストルを握りました。
これから、紅しょうがの事務所を襲いにいくのです。
しかし、ピストルのひんやりとした感触と
ずしりとくる重量感にすこし怖くなり、
これで撃たれる紅しょうがのことを思うと
すこし不憫になりました。
ピストルをいったん神棚に戻すと、
あらためて士気を高めるために、
西部警察のDVDを見ることにしました。
らっきょうは、西部警察の大ファンです。
いつも自分が主役のカレーの隣で脇役を演じているからでしょうか、
特に主役の大門に心ひかれます。
これからやくざなことをしに行くのに、
警察のドラマを見るなんてとんだ矛盾ではありますが、
そこは、しゃりしゃりとした食感が命のらっきょうです。
ちょっとした矛盾くらいならあっさり噛み砕いてしまいます。

もともとらっきょうには、紅しょうがにはなんの恨みもありません。
新しょうがに頼まれただけなのです。
新しょうがは、蕎麦屋で見かけた
「紅しょうが天蕎麦はじめました」
という貼り紙が許せませんでした。
新しょうがも紅しょうがもむかしは、
同じ食卓の賑やかしだったくせに、
いまでは主役級の扱いじゃないか!
天ぷらじゃなく天狗になりやがった!
らっきょうの事務所を訪れた新しょうがはそういって、
机をたたき、怒りをあらわにしました。
新しょうがの気持ちがよく分かるらっきょうは、
その依頼を引き受けることにしました。

西部警察のオープニングが流れたあと、
爆破につぐ爆破を見ているうちに、
先ほどまでのためらいは消え、
みるみるうちに闘争心がよみがえってきます。
紅しょうがの体が弾丸によって木っ端みじんにくだける姿を
想像するとわくわくしてきます。
新しょうがには悪いけど、新しょうがの依頼のおかげで、
自分が主役になれるような気がしてきます。
神棚からピストルを降ろし、さぁいくぞ、と立ち上がった瞬間、
黒電話が鳴りました。
相手は、新しょうがでした。新しょうがは、
あれから考えが変わったのです、と言いました。
紅しょうが天蕎麦とは言っても、主役は蕎麦ですものね。
紅しょうがが主役ではないのですね。
だから、この話はなかったことにしてください。

受話器を置いたあと、らっきょうはサングラスをとりました。
結局、紅しょうがも新しょうがもらっきょうも、
主役にはなれそうにありません。そういう運命なのでしょう。
天井のしみを見上げながら、らっきょうは少し泣きました。
みなさん。ご存知でしょうか。
岩下食品のらっきょうや新しょうがや紅しょうがが
甘酸っぱい理由を。それは、彼らのなかで、
いつか食卓の主役になりたいという甘い夢と、
それが叶うことはないすっぱい現実とが
まじりあっているからなのです。


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2014年01月19日

細川美和子 2014年1月19日放送

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「ばあちゃんの教え」

         細川美和子

あたし、もうきめた
こんどこそテツヤとわかれる
それいうの、何回目―?
ってあんたがいいたいのはわかるよ
でも、こんどはマジだから
もう、気持ち、プツンときれちったから
なにがあったのって?うーん・・・それがさ・・・
あいつ、いままで高いプレゼントなんて、
なにひとつくれなかったし。
つうか家賃もあたしが払ってたし。
休みの日も、どこにも連れてってくれなかったけど。
なんか、時々、買ってきてくれたんだよね、、、
岩下の新生姜。
女はカラダひやしちゃいけねーなんつってさ。
生姜食べてあったまれーって。
なんか、それ、あいつのばあちゃんが
しょっちゅう、ゆってたんだって。
だからさ、夏はふたりで
ビールを飲みながらさ、ポリポリ食べて。
冬はコップ酒とさ、ポリポリッて。
けっこう地味に、うれしかったわけ、それが。
家族っぽいつうか、家族の行事うけついでる感とかさ。
でもさ、今度の浮気相手の部屋つきとめて、
のりこんだときに、みちゃったんだよ。
ふたりで岩下の新生姜食べてるの。
あーっつって。・・・ちから、ぬけたよね。
ちからじゃないか。なんか、もっと大事なものがぬけた。
いつもなら決めるビンタも、決めずに帰ったよね。
だから、もういいんだ。
あいつのばあちゃんと新生姜が、教えてくれたんだよ。
こいつは、ろくなもんじゃねえよーって。
あったかくして、自分を大切にしなーって。
なんか、あたし、そうおもうんだ。


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2014年01月12日

小松洋支 2014年1月12日放送

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そんな日

          小松洋支

「岩下の新生姜を買っておいてください」
というメモを残して家を出てから、
あの人は2日帰ってきていない。

そんなに心配してはいないのだけれど、
あの人が行きそうなところを、いくつか回ってみた。

手始めに、デパートの屋上。
ここからは町の四方がぐるっと見渡せる。
冬は空気がつめたく澄んで、
北の山並の輪郭がくっきりとして、
なんだか視力があがったように感じる。

屋上には熱帯魚の売り場もあって、
アラジンのランプの精が持っていそうな
「大きな刀」に似た銀色のアロワナを眺めたり、
水に浮かんでいるホテイアオイの、
あのぷくっとふくれた部分には何が入っているのだろうか、
などと考えているだけで時間を忘れる。

それから、川沿いの小学校に回る。
放課後の子どもたちが、かん高い声を上げて校庭で遊んでいる。
「高オニ」とか「だるまさんが転んだ」とか、
自分たちが子どもの頃やっていた遊びが
いまでも続いているのにちょっと感動する。
それにしても
鉄棒って、すっごく低かったんだなあ。
ジャングルジムって、こんなに小さかったんだなあ。

その次は、商店街のはじっこの「弥太郎」という焼鳥屋さん。
お昼から、夜中の3時までやっている。
皮とレバが絶品で、いつ行っても混んでいる。
アメリカ人のデイビスという常連客がいて、
いつも表の丸椅子に座っているので、
マルイス・デイビスと呼ばれている。
店の奥を覗きこむと、白髪のご亭主が
炭火の前で黙々と串をひっくり返している。

猫がよく集会を開いているバス通り裏の公園にも行ってみた。
ベンチに老犬を連れた老人がひとり。
どちらも置物のように動かない。

いないなあ。
どこへ行ったんだろう。

あきらめて家に帰ると、あの人があぐらをかいて
ビールを飲んでいた。
「どこ行ってたの、2日も?」
そう言いながら冷蔵庫を開けて、
あの人は岩下の新生姜を出してくる。
「ほら、買っといたよ、これ」

それから、お皿にハムと新生姜を並べ、ふたりでビールを飲んだ。

とくに何もしてないけど、生きてるだけで楽しい。
そんな日だった。


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2013年12月29日

上田浩和 2014年12月29日放送

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サンタさんの年末年始

            上田浩和

サンタさんは、朝の空を見上げていました。
数日前のイブの日の夜、あの空をトナカイと一緒に駆け回り
子供たちにプレゼントを配ったサンタさん。
その疲れも癒えました。今日はよく晴れそうです。
サンタさんは洗濯をすることにしました。
おなじみの上下の赤い衣装と、
その下に着ていた下着とくつ下を大きな金だらいにいれると、
ごしごしごしごし。泡にまみれながら、ごしごしごしごし。
よーくすすいだところで、あ!
サンタさんは小さな悲鳴をあげました。
白かったくつ下が、ピンクになっているのです。
パンツもです。どうやら赤い衣装の赤が色移りしたようです。
それだけではありません。
勢い余って自慢のふさふさのひげも一緒にごしごししたみたいで、
ひげまでがピンクになっていました。

午後、サンタさんは奥さんに引っ張られて、
年の瀬でにぎわう町に買い出しに出かけました。
店から店に移る途中、目をきらきらさせた何人もの子供たちに、
「ありがとう!」や「あれ欲しかったんだ!」と
声をかけられてサンタさんはうれしそうでした。
家に帰ると、さっそく奥さんはキッチンにこもりました。
サンタ家では、おせち料理を作るのが年末の恒例行司なのです。
といっても、サンタさんにできることといえば、
奥さんの邪魔にならないようにこたつでじっとしているか、
トナカイの散歩くらいですけどね。

そして迎えたお正月。
おとそで顔を赤くした奥さんが聞きました。
「そのピンクのひげはなんですか?」
サンタさんは事の次第を話しました。ところがそれを無視して
「存在感をアピールしてるつもりですか」と奥さんは言います。
ひげがピンクなのは、
サンタはいないと決めつけている世の中の大人たちに対する
アピールだと奥さんは思っているようです。
「いやそういうわけでは」とサンタさん。
「必死なんですね」と奥さん。
「だから違うんだって」
「早めに春が来たようにも見えて悪くはないですけどね」
「あ、そう?」
「それか」
「それか?」
「ただのすけべえろじじいに見えます」
「すけべえろじじい…」
「大人のおもちゃでも配るような変態サンタです」
変態サンタ。
大人たちにも自分がいることを認めてほしいサンタさんは、
それもありかなあと思いながら、
重箱のなかの数の子に手を伸ばしました。
テレビでは駅伝をやっていました。


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2013年12月22日

細川美和子 2013年12月22日放送

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ネコの野望

          細川美和子


ネコが干支になったらすてきなのに。
と、ネコは思った。

なにしろインターネットで
流通している動画や画像の
3分の1は裸の人間、
3分の2はネコだと、
聞いたことがある。

ネコが大好きな
人間のほうが多いのだ。
それなのになんでイヌ年はあって
ネコ年はないんだ。

神社はネコグッズで繁盛するだろうし、
すでにちまたに
あふれているネコグッズも、
ご利益がありそうだと
再ブレークするだろう。

年間10万匹以上殺されている
仲間の野良たちも、
干支となれば大切に保護されるだろう。
泣きながら殺処分しなければいけない
自治体の職員のココロの負担もへる。

年をとったネコのほうが
さらにご利益があるなどと
適当なうわさをつければ、
引き取り手のない年寄りたちも
もらわれていくにちがいない。

そもそも干支をふやしていいのか、
という議論もけっこう。
おおいにしてほしい。
特番のネタができる。

暦や占いやカレンダーに
さまざまな変更点が発生することで、
日本経済はかえって活性化するだろう。

ネコ年にこどもをうみたい、
なんてネコ好きな人もあらわれて、
少子化対策にも役立つかもしれない。

でもこれ、
どこに提案すればいいのかなあ、、、
ネコは思った。


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2013年12月15日

小松洋支 2013年12月15日放送

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           小松洋支

蜂蜜の入った甘い紅茶を飲む夢を見ていた私は、
突然めざめた。
深夜だった。
細めに開けた窓から、月の光とジャスミンの花の香りが部屋に流れこんでいた。

何かが私を呼んでいた。
とても遠いところから呼んでいた。
その声に導かれるようにドアを開け、階段を下り、
夜の庭にさまよい出た。

月が照っていた。
何の音もしなかった。
何の音もしない音 がしていた。

呼び声は続いていた。
その声には聞き覚えがあった。
それは私が生まれる以前のことだった。

私は庭にあるスズカケの木に近づき、幹を見つめた。
手と足がごく自然に動いて、気がつくと梢近くまでよじ登っていた。

「今こそその時だ」
私はそう思った。
何か が私にそう思うようにさせた。

まもなく手足の動きが止まり、
体が乾いた硬い物体に変わり、
やがてゆっくりと背中に亀裂が入った。

そこで意識が途切れた。

意識が戻ってきたとき、
私は自分に何が起こったかを悟った。

目の前に、自分が脱ぎ終わろうとしている 過去の自分の背中が見えていた。

はるかな声が、私に命じた。

「飛べ」

あたらしい私の背中で、大きな翼がはためいていた。
私の眼は万華鏡のように分割され、
夜の庭がいくつもそこに映りこんでいた。

「飛べ!」

再び声が命じた。

私はスズカケの梢を離れ、
月に向かって飛び立った。


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2013年12月08日

三島邦彦 2013年12月8日放送

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「二日酔い食堂」

       三島邦彦

二日酔い食堂はオープン初日から抜群の売れ行きを見せた。

そこは大きな会社の社員食堂。
明け方まで飲み歩き、ガンガン響く頭痛とただれた胃に悩みながら
出社した社員たちが
次々と二日酔い食堂へ足を運ぶ。

二日酔い食堂にあるメニューは、その二日酔いの重さによって分けられる。
軽い二日酔いであれば、しじみ汁や月見うどん、
滋味、という言葉がぴったりの温かなスープがのどを通って胃に落ちていく。
重い二日酔いになると、坦々麺やカレー。
ひとくちひとくちが、荒れ狂うアルコールを分解するためのエネルギーにかわる。
食べ終わるころには、頭痛も胃もたれも思い出せないくらい遠くへいってしまう。
そして二日酔いを忘れた社員たちは午後を精一杯に働き、
また夜の街へと足を運ぶ。二日酔いなんて怖くないという顔をして。

二日酔い食堂の営業に陰りが見えて来たのは、
ちょうど日本で有数の大きな金融機関が破たんした頃のことだった。
何が安心なのかがわからなくなった人々は、
それまでのように無邪気にお酒を飲むことが難しくなった。

自制しながら飲むお酒は二日酔いをしない。
二日酔いは楽しすぎた時間の代償なのだ。

二日酔いの人が減ると、当然、二日酔い食堂を訪れる人は減る。
みんながみんな二日酔いをしていたから、
この会社では朝に打ち合わせをすることはほとんどなかったのだが、
二日酔いをする人が減ると、午前中にも会議が開かれるようになった。
そうすると当然、二日酔いをしている人は
だらしがない人、だめな人だと思われるようになる。
だんだんと、二日酔い食堂に行く姿を見られることが気まずくなっていった。

二日酔い食堂の閉店が決まった。
最後の客はその日で会社を辞める若手社員で、
前日は盛大な送別会だったという。
あたたかいしじみ汁が出され、
すっかり顔色を取り戻した彼は、お会計を済ませると店員に声をかけた。
「こんなにおいしいしじみ汁があるのなら、
もう少し会社にいたいですけどね。」
最後の客を見送って、二日酔い食堂はその歴史を静かに終えた。
その夜、二日酔い食堂の店主は、生まれて初めて深酒をした


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2013年12月01日

三島邦彦 2013年12月1日放送

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「蟹」

        三島邦彦

蟹がいた。正確に言うと、世界を呪う蟹がいた。

蟹は、蟹だ。
甲羅があってはさみがある。泡も吹けば、
ゆでると赤い。あの、蟹だ。

蟹はもともと世界を呪ってはいなかった。
というか、何も考えてはいなかった。
卵からかえって以来、自我というものを持たなかった。
蟹の寿命は短くても20年にのぼる。
この蟹は24年、自我を持たずに暮らしてきた。

自我をくれたのは、海だった。
それは厳しい冬の夜。海の上には雪がちらちらと舞い続ける。
人はできるだけ海に近づかない。それを職業とする人々以外は。

蟹は、浜辺にいた。じっと海を眺めていた。
はさみはせわしなく砂と口の間を動き続けていたが、
蟹の視線はずっと海から動かなかった。
舞い散る雪と白波が、
闇の中をほのかに白くぽわぽわと浮かんでは消えていた。

蟹は、海の向こうから自我がやってくるのを見ていた。
自我はゆっくりと、波に乗ってやってきた。
今まで脊髄反射だけで生きて来た蟹は、
それが自我だとはわからなかった。
蟹は自我に魅入られた。はさみを絶え間なく動かすほかには、
なにもできなかった。
自我はゆっくりと蟹に近づき、蟹の自我となった。

自我の到来に蟹は慌てた。世界で初めて、
自我を持った蟹となったのだから。
蟹は、他の蟹たちにも自我をもたらそうと、
浜中の蟹を集めて四列に並べた。

自我は来なかった。代わりに人間がやってきた。
人間は、蟹を一網打尽にした。

蟹がいた。正確に言うと、
世界を呪いながら死んでいった蟹がいた。


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2013年11月24日

上田浩和 2013年11月24日放送

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ゴム紐

       上田浩和


家からいちばん近いコンビニで、
ちょっとした変化があり、今その煽りをくっている。
変化というのは、
毎週水曜発売の週刊少年マガジンを
ゴム紐で縛るようになったことで、
立ち読み防止のためだと思われる。
くった煽りというのは、
おかげで連載開始以来、長年毎週楽しみにしてきた
ボクシング漫画が読めなくなったこと。
天才ボクサーと言われる主人公の後輩が、
ライバルに負けてしまった回以降を読めていない。
いったいどうなっているのだろう。
その試合のあとには、
主人公自身の世界前哨戦が予定されていたはずだが。
どうなった。勝ったのか。負けたのか。
それともまだ続いているのか。気になる。気にはなるが、
読みたいのはその漫画だけなので、買う気までは起こらない。
ならばと思い、他のコンビニに足を運ぶのだが、
どこの週刊少年マガジンも縛りあげられている。
店によっては、雑誌全部が縛られている所もある。
棚に並んだ雑誌という雑誌が一斉に縛られている様子は異様である。何も告げられずにSMバーに
連れてこられたときのような恐ろしさがある。
遠慮して雑誌を凝視できない。
見ると辱めてしまうような申し訳なさがある。
雑誌界の体力自慢であるTARZANが身動きとれなくなっている。
ファッション誌や女性向けの雑誌にも容赦はない。
NEWSWEEKやTVブロスのような薄い雑誌まで同じゴム紐で縛るので、耐えかねて変なカタチにひしゃげていている姿は気の毒にもなる。

ぼくは毎日その家のそばのコンビニに通いながら、
ゴム紐がほどかれた週刊少年マガジンがないか確認する。
近所のガラの悪い若者が、店員の目を盗みゴム紐をとって
立ち読みしていないかと期待しているのである。
しかし、そんな週刊少年マガジンは、ない。
この辺りの若者たちは、みんな行儀がいいようだ。
ルールに縛られたままで平気なようだ。
ぼくから言わせれば、尾崎が足りないと思う。
最近の若者にとっては、バイクは盗むものではないのだろう。
校舎の窓ガラスは割るものではなく、
優しさは持ち寄るものでないように、
週刊少年マガジンのゴム紐はほどくものではないのだろう。
とはいえ、かく言うぼくも尾崎は苦手だ。
子供の頃から、世の中に対して反抗心を抱いたことがないせいか、
尾崎に共感することなく大人になってしまった。
おーい。誰か反抗心のある人がいたら、
コンビニの週刊少年マガジンのゴム紐をとってくれ。
じゃないと、いつまでたっても漫画の続きが読めないよ。


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