コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2013年11月24日

上田浩和 2013年11月24日放送

ueda1311.jpg

ゴム紐

       上田浩和


家からいちばん近いコンビニで、
ちょっとした変化があり、今その煽りをくっている。
変化というのは、
毎週水曜発売の週刊少年マガジンを
ゴム紐で縛るようになったことで、
立ち読み防止のためだと思われる。
くった煽りというのは、
おかげで連載開始以来、長年毎週楽しみにしてきた
ボクシング漫画が読めなくなったこと。
天才ボクサーと言われる主人公の後輩が、
ライバルに負けてしまった回以降を読めていない。
いったいどうなっているのだろう。
その試合のあとには、
主人公自身の世界前哨戦が予定されていたはずだが。
どうなった。勝ったのか。負けたのか。
それともまだ続いているのか。気になる。気にはなるが、
読みたいのはその漫画だけなので、買う気までは起こらない。
ならばと思い、他のコンビニに足を運ぶのだが、
どこの週刊少年マガジンも縛りあげられている。
店によっては、雑誌全部が縛られている所もある。
棚に並んだ雑誌という雑誌が一斉に縛られている様子は異様である。何も告げられずにSMバーに
連れてこられたときのような恐ろしさがある。
遠慮して雑誌を凝視できない。
見ると辱めてしまうような申し訳なさがある。
雑誌界の体力自慢であるTARZANが身動きとれなくなっている。
ファッション誌や女性向けの雑誌にも容赦はない。
NEWSWEEKやTVブロスのような薄い雑誌まで同じゴム紐で縛るので、耐えかねて変なカタチにひしゃげていている姿は気の毒にもなる。

ぼくは毎日その家のそばのコンビニに通いながら、
ゴム紐がほどかれた週刊少年マガジンがないか確認する。
近所のガラの悪い若者が、店員の目を盗みゴム紐をとって
立ち読みしていないかと期待しているのである。
しかし、そんな週刊少年マガジンは、ない。
この辺りの若者たちは、みんな行儀がいいようだ。
ルールに縛られたままで平気なようだ。
ぼくから言わせれば、尾崎が足りないと思う。
最近の若者にとっては、バイクは盗むものではないのだろう。
校舎の窓ガラスは割るものではなく、
優しさは持ち寄るものでないように、
週刊少年マガジンのゴム紐はほどくものではないのだろう。
とはいえ、かく言うぼくも尾崎は苦手だ。
子供の頃から、世の中に対して反抗心を抱いたことがないせいか、
尾崎に共感することなく大人になってしまった。
おーい。誰か反抗心のある人がいたら、
コンビニの週刊少年マガジンのゴム紐をとってくれ。
じゃないと、いつまでたっても漫画の続きが読めないよ。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:上田浩和
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上田浩和 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月17日

小松洋支 2013年11月17日放送

komatsu1311.jpg


ちゅうもんの多い料理店

小松洋支

料理店を開いたんです。
でも、ただの料理店じゃないんですよ。
「ちゅうもんの多い料理店」。

たとえば壁に貼ってあるおすすめメニューを見ると
「激辛カレー」と書いてある。
一口食べるとたちまち汗がふきだすスパイシーなカレー、
を想像しますよね、ふつう。
ところが運ばれてきたカレーは、学食で出るような
黄色くて具がほとんどない、ぞんざいな代物で、
なんだこれ、と思っていると
そのカレーを運んできた店員があなたの向かいに座り、
身の上話をはじめるんです。
岡山の田舎で生まれ、中学生の頃両親が離婚、祖父に預けられる。
祖父の酒乱に耐えきれず、高校を中退して大阪に逃れ、スナックで働く。
スナックの常連客である、耳毛がぼうぼうに延びた老人に言い寄られるのがイヤで、上京。
イヤと言えば、自分の鼻の下にほくろがあるのがイヤで仕方ない。
プチ整形したいけれど、店の給料は安い。
そんな話をずーっと聴きながら、ぞんざいなカレーを食べるんです。
辛(つら)いでしょう。

そう、よく見るとメニューにちゃんとルビがふってあるんですね。
「激辛(つら)カレー」って。

それから、「ハヤシライス」。
こんどは、わりとまともなハヤシが来ます。
で、スプーンを手にして食べようとする。
するとそこへ、小学生のワルガキが5人くらい集まってきて、口々に叫ぶんです。
「あー、こいつこんなの食べてやんの」
「おーい、みんな見ろ」
「ヤッベー」
「ウッゼー」
「ダッセー」

ええ。それはやっぱり、「ハヤシ」 ライスですから。

それから、それから、「行列のできるブルーベリータルト」。
行列、確かにできてます。
店の外から、あなたのテーブルまで。
ながーい、くろーい
蟻の行列が。

それから、それから、
え?もういいよ?
だいたい、なんで「ちゅうもんの多い料理店」なんだ、ですって?

ほら、よく見てくださいよ、看板を。
小さな文字で書いてあるでしょ。
「なんだこりゃ!っちゅうもんの多い料理店」


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:小松洋支
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小松洋支 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月10日

細川美和子 2013年11月10日放送

hosokawa1311.jpg

「反対側へ」
                   
        細川美和子

飛行機が離陸してしばらくたつと、
CAがおしぼりを配り始めた。
それをうけとった隣の男が手だけじゃなく
ケータイをふきはじめたので
キレイ好きな男だな、と思ったのだが、
次はテーブルや窓わくやひじかけまでふきはじめて
最後には自分の靴までふいているので
なにがなんだかわからなくなった。
ひとつわかったのは、これからは配られるおしぼりで
顔をふくのはやめたほうがいい、ということだった。

でも考えてみるとこうやって飛行機に乗り、
ケータイでどこでも連絡がとれ、
ネットでいつでも情報が検索できるようになって、
人間は膨大に自由な時間を手に入れ
隣人への思いやりに目覚め
愛と余裕にあふれた生活を送れるかと思ったら、
実際の仕事の納期はますます短くなり、
いつも締め切りに追われ、
家族とすらろくに話す時間もない。

どんだけ、当初の目的を見失いがちなんだ、人間は。
がんばればがんばるほど、逆の方向に進んでいく。
だとしたらもう、なにもしないほがいちばんなんじゃないか。
瞑想に入ったまま何十年も動かないという
インドの聖者たちの話を思い出した。
彼らは世界の本質を見抜いているんだ。

出家したい。
もう出家するしかない。
この仕事だけは、はやいところ終わらせて、
なぜならおれは責任感がある大人の男だから、
ただし、帰ったら誰にひきとめられても辞表を出そう。
そう思って猛烈にパソコンを打っていたらCAが
「お仕事大変ですね」と声をかけてきた。
ちょっと檀れいに似ている。
「なんのお仕事をされているんですか?」
そうふみこんだ質問をされて、
わたしははにかみながら、
自分の所属する某一流企業の名前を口に出していた。
そして飛行機をおりるころには、
名刺にケータイ番号を書いて渡していた。
まだしばらく、仕事はやめれそうにない。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:細川美和子
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 細川美和子 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月03日

橋口幸生 2013年11月3日放送

hashiguchi1311.jpg


ある撮影にて。

      橋口幸生


「おっ、いいね!その姿勢!そのまま撮らせて!」
テンションの高い声が、部屋に鳴り響く。
「その角度も、すごくいいよ!ついでに、もっと右向いてみて」
「すごーく、良く撮れてるよ!いいね、いいね!」
「ちょっと姿勢、辛いかな?もう少しだけガマンしてね!」

撮影は続く。
煽られると、こちらも大胆な気持ちになるものだ。
言われるがままに、これはちょっと・・・と思うような姿勢を、
いつのまにか取っていたりする。
・・・と言っても、私はグラビアアイドルでも、女優でもない。
それどころか、30も半ばを過ぎたオッサンだ。
カメラマンも、その手の業界に良くいる、
独特なファッションのイケメンではない。
白衣に身を包んだ、初老の男性だ。
場所は、南国のビーチでも小奇麗なスタジオでもなく、
とある病院の一室。

そろそろ、気付かれた方も多いだろう。
いま撮影しているのは、私のカラダの中。
胃だ。
俗に言うバリウム検査、というヤツだ。
「まずい」というひと言ではとても表現できない、
複雑な味わいの白濁液を飲まされた後、回転台に載せられ、
文字通り体の中まで丸裸にされる。
「素材を生かすも殺すもカメラマン次第」
とは良く言うが、この撮影は、文字通り生き死に直結する。

気分を盛り上げられないカメラマンに
当たってしまったために、病気を見逃した。
そんな目にあったら、やり切れない。
同時に被写体、というか患者にも、覚悟が必要だろう。
チラリズムではないが、出し惜しみをしていたら、命を失いかねないのだ。
大女優だったら
「必然性が無ければ、見せません」
なんて言うかもしれないが、
これほど必然性のある撮影もないだろう。
回転台を降りるとカメラマン、というか先生に
「お疲れ様でした。上手でしたよ!しっかり撮影できました」
とホメられた。悪い気はしなかった。
度重なるゲップをこらえた苦労が、報われたのだ。

しかし数日後。
同じ病院で検査した友人に話を聞いたところ、
まったく同じように乗せられて撮影し、最後はホメられたと言う。
みんなに同じことを言っているのか。
ショックだった。

検査の結果、私の胃は影も何も無く、綺麗なものだったそうだ。
しかし、私の心にはモヤモヤした影が、少しだけ残った。
そして翌年。
バリウムは止めて、胃カメラに切り替えてみた。
噂に聞くディープスロートは確かに辛かったが、
思いのほか短時間で終わり、拍子抜けした。
医者は、終始無言だった。
胃は、相変わらず健康で、あなたにこうして話をしています。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/



タグ:橋口幸生
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 橋口幸生 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月27日

上田浩和 2013年10月27日放送

senbei.jpg


元やくざ

               上田浩和

お腹がすくと、きまって元やくざがやってくる。
元やくざにはなるべく会いたくないので、
ぼくはちゃんと食べるようにしているのだが、
ついつい今日は昼を抜いてしまった。
忙しかったとはいえ油断した。
腹が鳴った。けっこう大きな音だった。
その音を聞きつけて、そろそろ元やくざが現れるはずだ。
「…えっと」
ほら、やっぱり現れた。
元やくざはいつだって足音もなしに突然目の前に現れて、
なにかしゃべればいいのに、
言うことといえば十分に間を置いたあとの「えっと」だけだ。
元やくざは高倉健に似ている。年齢的にも高倉健で、
声も不器用なところも高倉健で、高倉健感がはんぱないのに、
右手の小指はかっぱえびせんで、
そこだけが決定的に高倉健とは違う。
元やくざは、かっぱえびせんマンなのである。
組長に組を抜けさせてほしいと言った日、
元やくざは出刃包丁で右手の小指を切り落とした。
痛くて痛くてはやくつなげなきゃ、
と転がった小指の先端を探したがどこにも見当たらず、
焦った末、テーブルの上にあったかっぱえびせんをつけてしまった。
その瞬間、元やくざは、やくざを辞めると同時に
かっぱえびせんマンになった。
心根の優しい元やくざは、やくざよりも、
かっぱえびせんマンとして人助けをするほうが性に合っていた。
街にお腹をすかせて困っている人がいたら、
どこからともなく現れ「…えっと」と言いながら、
その人の口元に自分の右手の小指を差し出す。
差し出された方は、最初なんのことだか分からないが、
小指がかっぱえびせんであることに気付くと、
「食べろってこと?」と尋ねる。そして最初は、誰でも断る。
たとえかっぱえびせんだとしても、
他人の小指を口に入れる気は起こらないからだ。
でも、元やくざの高倉健的な目に見つめられると、
高倉健的な不器用さで「…えっと」と言われると、誰も断れない。
みんないつのまにか齧っているのであった。

「…えっと」
ぼくが黙っているので困った元やくざは、
本日二度目の「…えっと」を言った。
ここまできたら仕方ない。あきらめて一口齧るが、
サクッとはしていない。
元やくざの小指のかっぱえびせんは、
普通のかっぱえびせんよりも、
だいぶしけっているし、かなりしょっぱい。
その理由は、元やくざが
小指で鼻をほじっているからに違いないと街の人々は言う。
ぼくもそう思う。
だからぼくは元やくざにはなるべく会いたくないのである。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:上田浩和
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上田浩和 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月20日

細川美和子 2013年10月20日放送

hosokawa1310.jpg


インスタント

          細川美和子

料理するのがつらくなってしまった
たべてもらいたいひとができて
そしていなくなってから
あんなに好きだった料理が
おいしくできればできるほど
ああ、たべてほしい…
ってその人を思い出してしまう、
つらいものにかわってしまった

ふられたことよりも
そのことがかなしかった
ああ、わたし、料理好きだったのにな
それからわたしの食生活は、衰退の一途をたどった
ごめんね、お給料をはたいてかった
フライパンや鍋や食器たち
愛してあげられなくてごめん

今まで毛嫌いしてきた
コンビニや安い居酒屋や
インスタントラーメンが
やさしい場所にかわった

あの人を思い出さないし、
どんなダメなわたしもうけとめてくれて、
っていうか、
インスタントラーメンっておいしいね
ちょっとお惣菜の野菜、のっけたりして
へぇ〜コンビニってゆでたまごも売ってるんだ
これものっけて、そうなると
ビールも飲みたいな
ビールとなると、
ちょっとつまみもつくろかな
家になんかあったっけ
あ、あの冷凍庫の豚もう使わなきゃ
トマト缶があるから、煮込みにしようかな
オレガノいれて、ふふふ、
いい豚だから、シンプルで、美味しそう、、、


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/

タグ:細川美和子
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 細川美和子 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月13日

小松洋支 2013年10月13日放送

komatsu1310.jpg


幸せを売る男

           小松洋支

「幸せ、売ります。」
と書かれた板を両手で持ち、
雪が舞う空をときおり見上げながら、
その男は街角に立っていました。

灰色のとっくりセーターに、ところどころ破れた革の上着。
兵士がはいているような裾のつぼまったズボン。
泥だらけのブーツ。
足もとには大きなトランクと、毛むくじゃらの犬。
茶色がかった穏やかな眼が、帽子の庇ごしに世間を眺め渡していました。

朝からずっと、男はそこに立っているのでしたが、
行き交う人々は、皆ちらと視線を送るばかりで近寄ろうとはせず、
ただ学校帰りの子どもたちが物珍しげに男を取り巻いて
口々に話しかけたり、犬を撫でたり、
その時ばかりはにぎやかだったのですが、
やがて潮が引くように子どもたちもいなくなり、
夕闇が迫ってきました。

停車場が近いというのに、夜になると人通りはごくまばらになり、
雪は勢いを増して降ってきましたが、
男はずっとそこに立ち続けていました。
酔っ払いが通りかかって、物乞いと間違えたのか、
小銭を放っていきました。

男が帰り支度を始めたときです。
ひとりの少女が近づいてきました。
この寒空に外套も着ないで、古びた木綿の服と、古びた頭巾と、古びた肩掛け。
裸足にすり減ったサンダルを履いています。

「あの、あなたは幸せを売っているのですか」
少女はおずおずと男に声をかけました。
「そうですよ」

「幸せは、さぞかし高いんでしょうね」
「値段は決まっていないんです。不思議でしょう」

少女は男を見上げ、しばらくためらっていましたが、
腕にかけていた籠の中から10クローネを差し出しました。
(それだけあれば、黒パンと塩ニシンが買えるというのに)

男は硬貨を受け取り、トランクを開けて小さな包みを少女に渡しました。

「では、ごきげんよう。お幸せに」

男の後ろ姿が見えなくなってから、少女は包みをほどいてみました。
中に入っていたのは、マッチ箱くらいのオルゴールでした。
おそるおそる蓋を開きます。
と、聞き覚えのある音楽が流れ出しました。

自分がまだ幼かった頃、ふるさとの家の、緑にかこまれた庭で、
祖母がよく歌ってくれた「恋する乙女とツグミ」の歌 ―――

少女はうっとりと眼を閉じました。

次の日、人びとが朝日の中で見たのは、
幸せそうな微笑を浮かべながら、雪の中に横たわっている少女でした。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:小松洋支
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小松洋支 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月06日

上田浩和 2013年10月6日放送

uedaa1310.jpg

地上の恋とは違うのだ

              上田浩和

街のはずれの、人が一人ようやく横になれるくらいの
極めて小さい土地に家を建てた。
超がひとつじゃ足りないくらいの超高層ビルだ。
一階は、玄関。そこでぬいだ靴をいれる下駄箱は、二階にある。
三階はトイレで、四階は洗面所。五階はお風呂と言った具合に、
この最小限のスペースを最大限に活かすために、
家に必要とされる機能を各階にひとつずつ割り振っていったわけだ。
必然的に家というには高すぎて、
そしてビルというには細すぎる、
塔と言った方が近いような我が家ができた。
各階の移動はエレベーターを利用する。
ただいま、と一階の玄関をくぐって、
最上階155階のリビングに着くまでのおよそ7分間の
エレベーターの中での時間が、ぼくは好きだった。
シュルルルという箱が上昇する音を聞いていると、
パイプを通って空に帰っていくような不思議な気持ちがした。
耳がつんとする感じも好きだった。

土曜日の16時30分すぎ。
ぼくは毎週その時間になると、
最上階から窓の外に広がる東の空を見つめる。
しばらくするとそこに点が現れる。小さな点だ。
それはじょじょに大きくなり、横に広がり、
やがて飛行機の形となり、すぐそばを横切って行く。
ぼくはその一瞬を毎週楽しみにしていた。
飛行機の中からこちらに視線をおくってくる
キャビンアテンダントの女性と目が合うその瞬間を。

彼女とはじめて目が合ったのは、いつだっただろう。
ビルと飛行機との間には、それなりに距離があったが、
目が合ったことはお互い分かった。そして、引かれ合ったことも。
彼女と一緒にいたい、とは思うけど、
それが無理なことは分かっている。なにせこの家だ。
一人が限界のこの狭い家のために、
ぼくは払い終えるのに一生かかるローンを組んでいる。
印鑑を押す時は、一生独身の決心すらしたのだ。
それなのに淡い期待を抱くようになったのは、このビルのすぐ横に、
このビルと同じくらいの敷地の空き地ができたからだった。
ぼくはついついこのビルと同じビルが、そこにも建って、
そしてそこで暮らす彼女の姿を想像してしまった。
そっちのビルとこっちを空中廊下で繋げば、
自由に行き来できるに違いない。
しかし、そんな金がいったいどこにあるというのか。
それは分かっている。分かっているのに、
その想像が膨らむのを止められないのは、星のせいだ。
このビルの最上階から見える星空は、星の数にしても
ひとつひとつの輝きにしても地上からとは比べものにならない。
ほんの30分のうちに、いくつもの星が流れていく。
願い事はし放題。叶わない願い事はないように思えてくる。
明日にでも隣にビルが建ち、
彼女が引っ越してくるような気がしてくる。
これは地上の恋とは違うのだ。
何が起こるか分からないのだ。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/



タグ:上田浩和
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上田浩和 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月29日

細川美和子 2013年9月29日放送

hosokawa1309.jpg

ねごと

       細川美和子

そんなに好きだったわけじゃないのに。
なぜか、わたしはその人の名前を
ねごとで口走ってしまうらしい。
何年も前に、数ヶ月だけ恋人だったひと。
ほかにももっと好きな人はいたし、
ほかにももっと長い間つきあった人はいた。
それなのに、なぜか
わたしはその人の名前を
口ばしってしまうらしい。
そのことは、最近海外旅行にいっしょにいった
女友だちの指摘で知った。
やさしい彼女は、
とてもいいにくそうに、
その事実を教えてくれた。
恥ずかしいのもさることながら、
これでは、新しい恋ができないじゃないか、
とわたしはあせった。
というか、ここのところ恋が長続きしないのは、
そのせいだったんじゃないだろうか。
ねごとでほかの人の名前を毎晩いわれたら、
わたしだってたまったもんじゃない。
もう何年も会ってないそのひとに、
怒りをぶつけたくなった。
あなたのせいで、わたし一生結婚できないかも。
どうしてくれるのよ。
「じゃあ、またつきあえば?」なんていわれたらどうしよう。
「おれが責任とるよ」なんつって。
あれ?わたし、未練たらたら?
そんなことない。そんなことないもん。
あんなひと、そんなに好きじゃなかったもん。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/



タグ:細川美和子
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 細川美和子 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月22日

勝浦雅彦 2013年9月22日放送

katsuura.jpg


最終回

         勝浦雅彦

はい、今週のヘビロテ、三連発でした。

さあ〜て、いよいよお別れのときが来ちゃいました。
足かけ10年かあ。毎週日曜日、夜の22時から30分、
一度もお休みすることなくこの番組を続けてこられたのも、
ラジオの前のみんなと愛すべきスタッフのおかげかな。
ホント感謝です。

この番組がはじまった頃は、まだ小娘だった私も、
今では「サキ姉」なんて呼ばれて堂々としたアラサーになりました。
でも気持ちは乙女そのもの…ちょっと鈴木D、今笑ったでしょ?
覚えておきなさいっ。
まあ、あなたとの長い付き合いに免じて焼肉一回で手を打つわ。

いけない、残り時間もわずかなのに、ムダ話に使っちゃった。

さて、今から最後のお便りを読もうと思います。
毎週たくさんのお便り、ほんとサンキューね。
恋バナからマジな人生相談まで、私なりに、みんなと一緒に、
悩んだり、考えたり、励まし合ってきたつもり。
最後も、精いっぱい気持ちを込めて読みます。

では。

サキ姉 こんばんは。
この番組が終わると知って、とても寂しく思っています。
私はずっとサキ姉のラジオを聞いてきました。ずっと、ずっとです。
だから、サキ姉の声の微妙なトーンで、何かいいことがあったな、とか、
落ち込んでいるな、とかが大体わかるようになりました。
私がある事に気づいたのは、2年前ぐらいからです。
番組でラブソングが流れた後の、サキ姉の声のトーンが、
それまでとはまるで違うことに気づきました。
それは他の誰かからすれば、あまりに細かな違いかもしれないけれど、
私にははっきりとわかったんです。
サキ姉、あなたは恋をしていますね。
それだけではない、この半年で、サキ姉の声が少しかすれ始めました。
最初は、疲れているのだな、と思いました。
でも、私は思い出したんです、女性は、ホルモンのバランスに変化が出ると
声が変わってしまう事がある…。
私はようやくすべてを理解しました。
なぜこの番組が終らなくてはいけないのか。
ホルモンの変化、それが目に見えて起きるとき。
おめでとう!サキ姉と、新しい命に。

…みんな、ありがとう。
私はラジオの前のみんなと誰一人として会ったことはないけれど、
こうしてブースの窓から街を見ると、
遠くの光の向こうに、みんなの息づかいを感じます。

私はこれからしばらくの間、ゴシップ大好き、下ネタOK、
ガハハと笑うみんなのサキ姉から、一人の女の子に戻ります。

あ、鈴木Dがまた笑った。女の子って年かよって顔してる。
相変わらず女心のわからんやつよ。
でも、鈴木Dをこう呼ぶのも今日で最後。
こんどからはそうねえ、「あなた」って呼ぶのかしら。
おえっ気持ちワルっ。
まあ、いいわ、三人で楽しくやれるといいけどねえ。

時間が来ちゃった。最後にひと言だけいわせてください。

おまえら、最高だよっ!


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:勝浦雅彦
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 勝浦雅彦 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。