コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2013年09月15日

小松洋支 2013年9月15日放送

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空箱

        小松洋支

パン屋とクリーニング屋に挟まれた店は、
シャッターが閉じられていた。
いつもそこを通っているのに、何の店だったかもう思い出せない。
シャッターの前にはいろいろな大きさの箱が積まれていて、
「空箱(からばこ)、自由にお持ちください」
という貼紙がしてある。

本を実家に送り返そうと思っていたところだったので、
手頃なのをひとつ、もらって帰った。

本棚の前で箱を開けてみると、
中にはよく晴れた青い空が広がっていた。
空箱(からばこ)ではなく、
空箱(そらばこ)だったのだ。

どこからか雲が流れてくる。
薄い、ふわっとした、白いスカーフ状のものが、
くるくると丸まったり、端っこが伸びたりして、
いつのまにか翼をひろげた大きな鳥になっている。
気がつくと、時間がたつのを忘れて箱をのぞきこんでいた。

それからというもの、
朝起きるとすぐに空箱(そらばこ)を開けるのが日課になった。

箱の中の空は、おおむね晴れていた。
おなじ晴れた空でも、光の加減や雲の様子が違っていたし、
空の青が、群青にちかい日や、
すみれ色に見える日など微妙な違いがあって
毎日眺めていても飽きることはなかった。

まれに薄曇りの日もあったが、
そんなときもしばらく眺めていると、ゆっくりと陽がさしはじめ
やわらかい光がだんだんひろがっていって、
まるで空全体がオパールになったように思えるのだった。

ある日、空箱(そらばこ)を開けると、なにかが激しく顔を打った。
雨粒だった。
真っ暗な空から大きな雨粒が、
いくつもいくつもこちら目がけて飛んでくる。
と、いうことは。
それまで考えもしなかったが、箱の中の空は自分の下ではなく、
上にあるのだ。

そう思ったとたん、体が天井へと落下した。
豪雨でずぶ濡れになりながら、
床に置いてある空箱(そらばこ)を見上げると、
どす黒い雲を縫うように、閃光が走った。

次の瞬間、
ガリガリガリッ。 ドーーーン。
轟音が響きわたって空箱(そらばこ)から天井に落雷し、
蛍光灯が砕け散った。
空箱(そらばこ)は自分の雨で段ボールがぐにゃぐにゃになり、
放電の勢いで吹き飛んだ。

翌日、空箱(そらばこ)が積んであった所に行ってみた。
閉店したのが何の店だったのか、知りたかった。
だが、パン屋とクリーニング屋は隣り合っていて、
その間には、何もなかった。


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2013年09月08日

上田浩和 2013年9月8日放送

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山田

     上田浩和

今年最後に蚊に刺されたのは9月18日で、
ぼくはテレビを見ていた。
日曜夕方の大喜利の番組。
その日は黄色ががんばっていた。
紫がいつもの腹黒さで場を盛り上げていた。
ピンクがいつものようにさえないことを言っていた。
オレンジが師匠譲りの元気さだけで乗り切っていた。
左腕に蚊が止まっていることに気がついたのは、
お題が3問目に移ろうとしたそのときである。
すでに蚊は足場を固めぼくの血を吸いはじめていた。
どんどん真っ赤にふくれていく蚊のお腹を見ながら
ぼくは考えていた。
そういえば、この大喜利の番組には赤い着物の人がいない。
戦隊物ではリーダーと決まっている赤がいない。
いや、いた。
ちょうどそのとき、画面右から赤い着物の男が現れ、
黄色の座布団を全部持っていき、
番組はその日一番の盛り上がりを見せていた。
赤は山田隆夫か。
蚊のお腹がじゅうぶん膨らむのを待ってぼくは右手で叩き潰した。
当然、左腕には、潰された蚊と血の跡が残ったが、
なぜだかぼくにはそれが山田隆夫の死体に思えてならなかった。

苦悩した末、警察に出頭した。
座布団運び殺しの容疑で緊急逮捕される運びとなった。
鑑識が現れ、白い粉をぽんぽんして去って行った。
刑事や警官たちに取り囲まれ、実況検分が行われた。
それが終わったあともしばらくのうちは、
死体を囲む白いラインが蚊の形になって残っていた。

取調室でぼくは訴えた。
画面向かって左から、水色、ピンク、黄色、銀色、紫、オレンジ。
あの6人は、落語家であってもう人間ではないのだと。
その証拠に普通の人間に大喜利なんてぽんぽん答えられますか?
あいつらの体内に流れる血は、もう赤くはないのだ。
あいつらを刺せば分かる。俺に刺させろ。
あいつらは、きっとピンクの血を流し、水色の血を吐くに違いない。
俺は山田隆夫をまだ人間のうちに、
落語家になる前に、まだ赤い血が流れているうちに、
座布団運びから解放してあげたのだと。

結果的に、その訴えが元で精神鑑定に回されることになり、
今、ぼくは留置所にいる。
暑くもなく、寒くもなく、いい季節に入れてよかったと思っている。
あの夜以来、蚊の姿は見ていない。


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2013年09月01日

小山佳奈 2013年9月1日放送

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「ケチャップがついてるのかと思った」

          小山佳奈

ケチャップがついてるのかと思った。
何にでもケチャップをかける先生だったから、
今日もうっかりシャツにケチャップを
こぼしたんだろうと思ったら違った。
廊下でうずくまっている先生の
胸のあたりに広がった赤黒いそれが
ナポリタンをおいしくさせるものでないことは
舐めてみなくても明らかだった。
その場に居合わせたヨウコは吐いた。
当然だ。
学校でそうそう血まみれの人には遭遇しない。
私はヨウコの背中をさすりながら
思ったよりもキレイじゃないなと思った。
もっともっと血は鮮やかで艶やかで
完璧な赤であるべきだと思った。
警察の人がたくさんいて泣いてる生徒がたくさんいた。
そうこうしてるうちに先生の奥さんが現れた。
奥さんの泣き声があまりにもすごくて
まわりの生徒の何人かは泣きやんだ。
第一発見者だった私とヨウコは警察まで行ったが
先生を刺した犯人が捕まるとすぐに家に帰された。
やる気のなさそうな中年の警察官が帰りのパトカーの中で、
先生は女子更衣室をのぞいていた変質者をつかまえようとして
逆ギレしたそいつに刺された、
幸い命は取りとめたようだと教えてくれた。
美術部の顧問の分際で慣れないことしなきゃいいのに、
とぶつぶつこぼしていた。

家に帰ったが真っ暗だった。母は今日も帰ってこない。
きっとまた若い男のところに行ってるんだろう。
お腹が減っていた私は、鍋に湯をわかしスパゲティをゆでた。
冷蔵庫から玉ねぎとピーマンを取り出してざく切りにし
缶づめのマッシュルームと一緒にオリーブオイルで炒めた。
そこにゆであがったスパゲティを入れ、
最後に大量のケチャップを合わせて皿に盛った。
出来あがったナポリタンを口に運ぶ。
途端に涙があふれ出した。
赤い血。
先生の赤い血。
真っ赤なウソだった。
私にはもうすぐ離婚するなんていってたのに。
本当の赤を教えてくれたのは先生だった。
ダリの赤、マティスの赤、
ピカソ、ゴッホ、モンドリアン。
奥さんはお腹が大きかった。
先生がよくつくってくれたナポリタン。
先生のナポリタンはケチャップが多かった。
ケチャップの味しかしないと言ったら
ケチャップはどんな料理もごまかせるんだと笑っていた。
真っ赤なウソを集めたナポリタン。
ホントはわかってたくせに。
泣いてる私は、アンポンタンか。
目の前のナポリタンが
赤を吸ってどんどん膨らんでいく。
世界中のウソが増殖していく。
私はいつまでも泣きやまない。


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2013年08月25日

上田浩和 2013年8月25日放送

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EASY COME,EASY GO.

             上田浩和

ハエとしての人生をおくっていたある夏の日、
ぼくは、牛の排泄物の周りを飛び回っていたところを、
牛の尻尾にはたかれ地面に叩きつけられた。
とても痛かった。
体に痛みのテーマパークが開園したのかと思ったほどだ。
あんな痛みやこんな痛み、そして、そんな痛みまでが
全身のあちこちで披露され、締めくくりとして、
体の真ん中を痛みのエレクトリカルパレードが賑やかに通過した。
軽快なリズムに合わせて全身は何度も痙攣し、
最後、痛ミッキーが大きくジャンプすると、その着地に合わせて、
真夏の草いきれのなか、ぼくは絶命した。
魂になったぼくはハエの体を離れると、
天使に導かれることもなくただ一人で上空にのぼっていった。
その途中、どんどん遠ざかっていく地表を見ながら、
やりきれない一生だったなと思ったのを最後に
意識は黒く塗りつぶされた。

いったいどれくらいの時間をそこで過ごしたのかは分からない。
一瞬だっかのかもしれないし、
永遠に近いくらいの時間だったのかもしれない。
死後の世界は楽園のように描写されることも多いが、
そこにはあらゆる概念が存在しないため、
実際には何も感じることができない。
死んだ実感すらないまま、
輪廻に従い次の人生に送り出されることになる。
ふたたび意識を取り戻したとき、ぼくはベンツの運転席にいた。
それに乗って、次の人生のスタート地点まで行けということだ。
ぼくはB’zの曲を響かせながら、闇夜に包まれた道を飛ばした。
フロントガラスの向こうにハエだったときに見た景色が、
つぎつぎと浮かんでは後ろに流されて行く。
松本のギターに合わせて、稲葉が声を張り上げていた。
ハエだったとき日本で流行っていた曲だった。

踊ろよLADY やさしいスロウダンス
また始まる 眩いShow Time
泣かないでBABY 力をぬいて
出逢いも別れも EASY COME,EASY GO!

しばらく走ると開けた場所に出た。港のようだった。
海の気配のむこうにフェリーが大きな影をつくっている。
駐車場にベンツを停め、外に出て、乗り場のほうを見たとき、
ぼくは「あっ」と言っていた。
そこにあったのは「to HUMAN」の看板。
ぼくは人間界行きの船に乗るこを許されたのだ。
つまり、次の人生を人として生きられるのだ。
乗り場に続く長い人の列の最後尾に並ぶ。
正確には人ではない。これから人として生まれてかわる魂の列だ。
そこにいた係員に聞いた。
ベンツに乗って行くことはできないのか。
係員はだめだと言った。
母親がエコー検査で胎内を見たとき、子供がベンツに乗っていたら
産む気をなくすし、産む気になったとしても、
ボンネットのエンブレムによって子宮内が傷つけられてしまう。
その説明を聞きながら、ぼくはまだ見ぬ母親の顔を思い浮かべた。
汽笛が鳴った。次の人生が始まる合図だった。


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2013年08月18日

名雪祐平 2013年8月18日放送

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迷惑な詩人

       名雪祐平 


迷惑な詩人 久光さやか(仮名)

 主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。

 いきなりのメール失礼します。
 久光さやか、29歳の未亡人です。

 一年が経過して、
 ようやく主人の死から立ち直ってきました。
 ですが、お恥ずかしい話ですが、
 毎日の孤独な夜に、
 体の火照りが止まらなくなる時間も増えてきました。

 お返事をいただけましたら、
 もっと詳しい話をしたいと考えています。
 連絡、待っていますね。

これは迷惑メール。
すこしポエム。
よい子は返事をしてはいけません。


迷惑な詩人 高橋健二(仮名)

 おゆうぎかいのよさんをつかいこんでしまったよ。
 たすけて。

 おかあさん、あのね、ぼくね、
 こんどのおゆうぎかいのね、
 よさんをね、みんなにないしょでね、
 つかってね、しまったんだよ。

 はなすとね、ながくなるんだけどね、
 ほんとうはぼくだって
 こんなことはしたくなかたよ。
 だからね、ぼくのためにね、
 おかねをね、稼いで欲しいんだ。頼む。

 園長 高橋健二より

これは迷惑メール。
この園長はこどもなのか、おとなのか。
どっちにしろ、わるいやつ。

                  
迷惑な詩人 母(仮名)

 ごめんね仕送りできなくて・・・。

 最近私が始めた在宅のお仕事があるから、
 これ、時間があるときにやってみなさい。

 ちょっとでもあなたの足しになれば
 良いと思ってるから・・・。

 本当にごめんね。
 私のせいできつい思いをさせて。

 ここから始めることができるからね。
 頑張ってね。

 母より

これは迷惑メール。
この母の顔はどんなだろう。
きっと、毒のある牙が生えている。


迷惑な詩人 早苗(仮名)

 信じられないかも知れませんが、
 私はチンパンジーです。

 はじめまして。早苗といいます。

 キーボード越しで、こうしてメールとして
 メッセージを伝えているだけでは
 分からないかも知れませんが、
 私はチンパンジーです。

 メスのチンパンジーです。
 2年に渡る知能訓練を受けて、
 自分の思考をこうして文章として
 アウトプットできるようになりました。

 チンパンジーの中で人間に近い私と、
 人間でありながらチンパンジーに近いあなたは、
 とても似ている。

 あなたは、チンパンジー受けする顔です。
 喜んでいいんですよ。

 わたしならあなたをナンパする事ができると
 飼育されてきました。

 あなたに私を知って欲しいという気持ちが
 日増しに強くなってきています。
 チンパンジーの私が、人間のあなたに

 深く、強く、

 恋をしているんです。

これは迷惑メール。
大島渚の映画
「マックス、モン・アムール」のように、
チンパンジーと人間の恋を描く。


迷惑な詩人 時間の価値(仮名)

1時間の価値を知るには
会うのが待ちきれない恋人達に
聞いてみなさい

1秒の価値を知るには
事故で生き残った人に
聞いてみなさい

100分の1秒の価値を知るには
オリンピックで銀メダルを獲った人に
聞いてみなさい

時間は待ってくれません
あなたの持っている全ての時間を
大切にしなさい

そしてここで全てを発散しなさい

これは迷惑メール。
どれだけ良いことを言おうとしても
迷惑メール。

                         
迷惑な詩人 藤内有紀(仮名)

 2億3千万円全額
 もしくはあなたのご希望額分
 贈与させていただきたいと考えています。

 贈与は、私が代表を務めるEU法人の
 合法的な予算調整であり、
 あなたに負担がかかる事は一切ありません。

 契約書、誓約書等もサインしていただく必要もなく、
 あなたが希望する金額、全てをご自由に
 有効活用していただける事をお約束いたします。
 ご迷惑でなければ予算調整のため
 2億3千万円の贈与に、ご協力いただけないでしょうか?

 藤内有紀

これは迷惑メール。
人間と人間。
欺し欺され、釣り釣られ。

むかしから永遠に変わることなく。


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2013年08月04日

小松洋支 2013年8月11日放送

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          小松洋支

風呂からあがって浴衣に着替え、
ひんやりした旅館の廊下を歩いて行くと、
暗い蛍光灯の下にちいさな売店があり、和菓子を売っていた。

大福か饅頭のたぐいだろうか。
少しずつ色の違う和菓子の包みには
「桜」、「牡丹」、「藤」、「菊」という名前が書かれている。

手近にあった「藤」をひとつ買って、
食べてみようと包みのセロファンをはがす。
と、突然、中から大きな猫が急速に膨張しながら飛び出してきた。
和菓子に見えていたのは、小さく小さく丸められた猫だったのだ。

紫のようにも見える薄いグレーの猫は、掌からひらりと飛び降り、
廊下の角を曲がって、走り去っていった。

茫然とそこに立っているわたしの耳に、すすりあげる声が聞こえてくる。
売店の売り子の少女が、泣いているのだ。

なぜ泣いている?
猫が逃げたからか?

わたしはうろたえ、すぐに猫のあとを追うことにする。
角を曲がってみると、廊下は予想外に長く、
遥か先まで続いていて、猫の姿はどこにも見えない。

「ふじー、ふじー」
大声で呼ぶと、近くで猫の鳴き声がした。
左手の座敷からだ。

駆け寄って襖を引き開ける。
いちめんのぬかるみが、わたしの前にひろがっていた。
ついさっきまで雨が降っていたらしく、
あたりには水の匂い、土の匂い、湿った植物の匂いがたちこめ、
遠くの方に低い丘と町の輪郭が、薄墨色に煙っている。

目の前に、真っ白なスーツを着た男と、
真っ白なウエディングドレスを着た女が、
こちらに背を向けていた。
服に泥がはねないように細心の注意を払いながら、
地平線の方に向かって
ごくゆっくり、一歩ずつ、スローモーションで、遠ざかっていく。

「ふじー、ふじー」
もう一度、大声で叫ぶ。
どこかで、かすかに、猫の声がしたような気がするばかりだ。

ああ、こうなっては、もうあの猫を捕まえることはできないな。

諦めておそるおそる売店の方に戻ってみると、
少女はさきほどと同じ格子縞の着物を着て、
さきほどと同じようにわずかに背をかがめて立ったまま、
すでにからからに干からびた
即身仏になっているのだった。


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細川美和子 2013年8月4日放送

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ラッキーナンバー

           細川美和子

9はくるしむに通じるから
嫌われる数字だけど
チベット密教では最高の数とされていて、
でもやっぱりそれは、
苦しんだあとにこそ悟りがやってくるっていう
えらい人の教えなのかなあ、、、
などと考えていたら
むこうからの別れ話、というか
言い訳はもう終わっていた。
わたしがなにもいわないので
むこうはずいぶん居心地がわるそうで、
というか、はやいところあやまって、
すっきりして、帰りたそうだった
でも、言いたいことは何もなかった
もう自分のことを好きじゃない人を
ひきとめてもしょうがない
こればっかりは、どうしようもない
でもわたしは意地悪だから
おこったり、泣いたり、
責めたりなんてしてあげない
むこうがまたごにょごにょと
言い訳をいくつかいってから、
先に席を立つまでずいぶん
長い時間がかかった、気がする
帰り道でコンビニによって
切らしてたビールとゴミ袋を買ったら
ちょうどおつりが777円だった。
そのレシートは受け取らなかった。
せめてもの抵抗だった。


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2013年07月28日

上田浩和 2013年7月28日放送

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待ち合わせは、ゆうぞうくんの下で。

              上田浩和

ゆうぞうくんは、頭が大きい。
体格はふつうなのに頭だけは縦10m、直径3mくらいあり、
街のシンボルになっている。
待ち合わせ場所として利用する人もいるくらいだ。
ゆうぞうくんにはさつきさんという好きな女性がいる。
さつきさんも、ゆうぞうくんを待ち合わせ場所にしていた一人で、
いつだったか待ち合わせ相手が急に来れなくなったことがあり、
ゆうぞうくんとさつきさんは、そのときはじめてデートをした。
はじめてのキスは3回目のデートの帰りだった。
そのとき、ゆうぞうくんの頭は幸せの成分でどんどん膨らんで、
ついには気球みたいに空に浮かび上がってしまった。

街はすぐにジオラマのように小さくなり、
遠くから富士山が話しかけてきた。
「どうしたんだい?」
「恋をしてるんだ」とゆうぞうくんは答えた。
「そういうことなら彦星に相談するといい」
富士山はそう言うけど、彦星は遠い宇宙にいる。
「じゃあ、ぼくがJAXAにかけあってあげるよ」
と言ってくれたのは、羽田空港に向かう途中の飛行機だった。
おかげでゆうぞうくんは、JAXAが手配してくれた宇宙ロケットに
またがって宇宙へ彦星に会いに行くことができた。
彦星は無重力生活が長いせいか浮ついた奴だったが、
恋については人類が誕生する前から頭を悩ませてきただけあって、
なんでも相談にのってくれた。

それから3日後の夜。
ゆうぞうくんはさつきさんを誘って星を見に出かけた。
丘の上から見上げた空には星が無数に光っていた。
8時ちょうど。
ゆうぞうくんは、ある星に向けてウィンクをして合図を送った。
その星は、オッケーとばかりに大きく瞬くと、
地球にむかって流れはじめた。
長い尻尾を持った完璧な流れ星になったその星は、
もちろん彦星。
ゆうぞうくんはあのとき彦星と、
3日後の夜8時ちょうどに流れ星になってくれるよう
約束を交わしていたのだ。

そんな彦星の流れ星に、ゆうぞうくんは願いごとをした。
隣にいるさつきさんの心に刻み付けるようにゆっくりと、
さつきさんとずっといっしょにいたいです、
と3回、大声でくり返した。
それを受けてさつきさんも、
ゆうぞうくんとずっといっしょにいたいです、
と3回、照れた声で小さくくり返した。

今では、ゆうぞうくんは、街の恋のシンボルになっている。
ゆうぞうくんの下で待ち合わせするとその恋は実るという噂もある。
その後の彦星についてだが、
彼は流れ星として地球に降ってきたあと、
この街のホストクラブでぶいぶいいわしているそうだ。


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2013年07月21日

細川美和子 2013年7月21日放送

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迷子

            細川美和子

団地に住んでいた小学生のころ。
すぐ近くの公園に白い子犬が迷いこんできた。
ほんとは犬が飼いたいのに
飼えない団地の子どもたちの多くは、
それはもうよろこんだ。
こっそり給食の牛乳やパンを持ち帰ってあげて。
放課後にはみんなでその公園に集まるのが
楽しみになっていた。
でも、だんだん子犬は大きくなって。
給食のパンじゃ、足りなくなったんだね。
ごはんをあげおわったあとも、
子供たちのあとを追い回すようになった。
中には、こわくなって逃げだして
転んでしまう子も出てきた。
だんだん、近づかなくなる子もでてきた。
そんなある日。
いつものようにパンをもって公園に着くと、
目の前を檻のついた車が走っていった。
その檻の中には、哀しそうな顔の
あの白い犬がのっていた。
わたしはびっくりして泣き出した。
泣き出したまま、走って車を追いかけた。
追いかけて、追いかけて、
でも、もちろん追いつけなかった。
気がつくと、町の知らない場所にきていた。
帰り道もわからなくて、途方にくれていると
むこうから必死の形相で走ってくる人がいる。
お母さんだった。
近所の人に、おたくのお子さん、
走ってついてっちゃったわよ、と知らされたらしい。
エプロン姿で、ものすごい顔で、走ってきてくれた。
よくこの場所がわかったなあ。
けっこう走ったんだけどなあ。
そのぼんやり思いながら、また泣けてきた。
あの子犬は、お母さんに見つけてもらえなかったんだなあ。
ごめんね。


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2013年07月14日

小松洋支 2013年7月14日放送

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しゃぼん玉

            小松洋支

しゃぼん玉って、いまは買うものなんだね。
ぼくが子どもの頃は、つくるものだった。
洗面所にある石鹸と水道の水でね。

お母さんに使わないコップをもらって、
ちょろちょろ水を出した蛇口の下で、石鹸を揉むようにして
コップに石鹸液をためるんだ。
薄すぎるとしゃぼん玉ができないけど、
濃ければいい、というものでもない。
それに、どんな石鹸かによって、しゃぼん玉の出来が違う。
坂本くんがつくるしゃぼん玉は、
ぼくのより虹色が濃いような気がして、
石鹸を見せてもらいに、
坂本くん家まで行ったこともあったっけ。

台所の食器用洗剤をうすめて吹くと、
小さなしゃぼん玉がいくつもいくつも飛び出してくる。
しゃぼん玉どうしがくっついて、
くるくる回ったりするのが好きだった。
洗濯機の脇においてある「ザブ」の粉を水に溶かして吹くと、
びっくりするくらい大きなしゃぼん玉ができて、
でも、すぐに丸い輪郭がおぼろに霞んで、
ふーーっと消えてしまうんだ。
「はかない」という言葉を聞くたびに、
ぼくはあの「ザブ」のしゃぼん玉を思い出す。

あれは、夏休みが始まろうとしていた頃だったな。
もうニイニイゼミが鳴いてたから。
ぼくは坂本くんと池浦くんと3人で、
踏切のそばの石垣に座って、しゃぼん玉遊びをしてたんだ。
と、ぼくらの前のアスファルトの道を
同じクラスの女の子が何人か通りかかった。

彼女たちもすぐぼくらに気づいて、
しゃぼん玉を追っかけたり、手のひらでパチンと割ったり、
みんなキャーキャー笑って、お互いにふざけあった。
でも、ひとりだけ黙ったまま立ってる子がいた。

高梨道子という名前の、色の白い小柄な子だった。

ぼくは石垣から飛び降りて、女の子たちのまわりを歩きながら、
わざと顔めがけてしゃぼん玉を吹いたりした。
でもその子は、どこか遠くに目をやっていて、
はしゃいでいるぼくたちの方を、一度も振り返ろうとしなかった。

2学期が始まった日、先生はその子が尾道というところへ
転校していったと教えてくれた。
「えーーー」とぼくは声に出して言った。
それから取りつくろうように「おのみちって、どこ?」と叫んだ。

帰り道、石を蹴りながら踏切の前まで来たとき、
ぼくは思わず立ちどまった。
目の前に線路があった。
この線路は尾道に続いてるんだろうか。
貯金箱の中のお金で尾道までの切符は買えるんだろうか。
そんなことを考えてたんだよ、真剣に。
空にはもうアキアカネが飛んでたな


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